大判例

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大分地方裁判所 昭和54年(ワ)520号 判決 1985年12月19日

原告

長野静

原告

瓜生幹子

原告

都甲峰子

原告

長野健

原告

長野厚

原告

有限会社大分合同新聞社

右代表者

長野健

右原告ら訴訟代理人

徳田靖之

富川盛介

富川盛郎

被告

右代表者法務大臣

島崎均

右指定代理人

森脇勝

外一〇名

被告

門田徹

被告

阿南こと

石井公展

主文

1  被告らは、各自、原告長野静に対し金一億〇四五五万三七一五円、原告長野健に対し金五三三七万六八五七円、原告瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚に対しそれぞれ金五一二七万六八五七円及び右各金員に対する昭和五四年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告らのその余の請求をすべて棄却する。

3  訴訟費用のうち、原告長野静、同長野健、同長野厚、同瓜生幹子及び同都甲峰子と被告らとの間に生じた費用は、これを五分してその二を右原告らの、その余を被告らの各負担とし、原告有限会社大分合同新聞社と被告らとの間に生じた費用は同原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自

(一) 原告長野静に対し金一億七〇六六万二八七五円

(二) 原告瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚に対しそれぞれ金八四三三万一四三七円

(三) 原告長野健に対し金八八七二万二四三七円

(四) 原告有限会社大分合同新聞社(以下「原告会社」という)に対し金七二六万〇三三〇円

並びに右の各金員に対する昭和五四年九月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者等

(一) 訴外亡長野正(以下「亡正」という)は原告会社代表取締役のほか、大分県社会福祉協議会会長、国際ロータリークラブ南九州地区ガバナー等の地位にあつたもの、原告長野静は亡正の妻、同瓜生幹子、同都甲峰子、同長野健及び同長野厚はいずれも亡正の実子である。

(二) 被告国は、九州大学温泉治療学研究所(昭和五七年四月一日付で「九州大学生体防御医学研究所」と改名)付属病院(以下「温研病院」という)の設置者であり、当該病院勤務医の使用者であり、被告門田徹は、本件当時温研病院長で、同病院の管理者にして同病院に勤務する医師等を監督する地位にあつたもの、被告阿南こと石井公展(以下「被告阿南」という)は、同病院医局員であつたものである。

2  本件事故の発生

(一) 亡正は、昭和五四年四月九日、いわゆる「人間ドック」入りして健康診断を受けるため、温研病院内科に入院した。温研病院での亡正の初診医は訴外延永正主任教授、主治医は訴外友岡和久医師であつた。

(二) 友岡医師は同月一〇日、テレパーク法による胆のう造影を、更に同月二四日、点滴静脈注射による胆のう及び胆管造影(いわゆる「DIC」)検査を実施したが、いずれも胆のうは造影されなかつた。

(三) そこで友岡医師は、逆行性膵胆管造影検査(いわゆる「ERCP検査」)の必要性があると判断し、温研病院内科の訴外織部和宏医師に対し右検査の依頼をし、結局同内科の被告阿南公展医師がこれを担当することとなり、同被告は、同月二七日昼前ころから右検査を実施した。

(四) 被告阿南医師は、右ERCP検査実施中、検査器具である十二指腸ファイバースコープ(以下「スコープ」とも略称する)の先端部分で、十二指腸第二部から第三部への移行部後腹膜側に、直径約一センチメートル大の穿孔を生ぜしめた。

(五) 亡正は、同年六月一六日午後八時五分温研病院において死亡したが、その死因は、右十二指腸穿孔による急性汎発性後腹膜炎によるものであつた。

3  責任原因

(一) 被告阿南は、以下のとおり医師としての注意義務を怠つて亡正を死亡させたのであるから、民法七〇九条による不法行為責任を負うものである。

(1) 被告阿南の注意義務

ア ERCP検査は、その技法が開発されて十余年しか経過していない新しい検査方法であり、同検査による消化管損傷の発生率は〇・一八ないし〇・〇六パーセントであつて、ファイバースコープの操作を誤まると十二指腸に穿孔を生じうることが統計的にも明らかにされている。そして右穿孔は、潰瘍等の病変の存する場合にも生じるが、そのほか、健常な十二指腸であつても、その腸壁が薄いこと、スコープのそう入は、解剖学的形状から腸管を外側に圧排し擦る形で行うため、下行部外側のみが過度に伸展されるし、S字形のそう入のため、十二指腸の移行部(上、下の十二指腸角付近)が抵抗部位となること、下行部の長さは約七センチメートルで、その中間にカニューレをそう管する乳頭開口部があり、従つて同部と下十二指腸角までは僅か三、四センチメートルに過ぎず、僅かなそう入ミスでも、その先端が同角に達すること、本件で使用の側視鏡型スコープにあつては、その先端の位置、腸管との位置関係が術者に把握しにくいこと、スコープの刺戟により十二指腸の蠕動が亢進されてスコープのそう入を困難にし、時には嘔吐反射等を通じてスコープと腸壁とが衝突するに至ること、そう入目的である乳頭開口部の発見操作に際し、本件のように憩室等があつて、口側から縦ヒダをたどつて探索する方法がとれないときは、スコープを第二部下端の下十二指腸角まで入れて逆に上へたどる方法がとられるため、奥にまでそう入されることになること、更には、膵胆管の造影のためカニューレをそう管する際にも、スコープを十二指腸の奥深くまで、しかもスコープ先端の屈曲部を固定したままでそう入する必要があること、スコープ先端部は硬質のもので作られていること等の要因によつて、スコープ先端硬性部と十二指腸壁が衝突することによつて生じると解されている。

イ そして、十二指腸に穿孔が生じると、急性汎発性腹膜炎に罹患し、死亡その他の重篤な結果を招くことになる。

ウ 被告阿南においても、このような穿孔発生の可能性があることを認識し、右穿孔により重篤な結果を招来することも当然了知していたはずである。

エ したがつて、ERCP検査の右の危険性にかんがみれば、同検査の実施者である被告阿南には、スコープの操作にあたつて、十二指腸の腸壁に穿孔を生ぜしめることのないよう、基本技法に忠実に従いながら、スコープのそう入状況、被検者の十二指腸の解剖学的な特性や蠕動運動の動向等を注意深く見守り、スコープを慎重かつ機敏に操作して、いやしくも十二指腸々壁に損傷を生じさせることがないようにすべき注意義務がある。

これを本件に即して具体的に特定すれば、第一に、強い蠕動運動発生回避のため、スコープのそう入に無理をせず、また、時間をかけないこと、そして強い蠕動が生じた場合には検査を中止し、検査の強行による蠕動の亢進や嘔吐反射の発生を防ぐべきこと、第二に、スコープの先端の屈曲部を固定した状態で、スコープのそう入、ファーター乳頭の探索、カニューレのそう管等を行なうにあたつては、スコープの先端の位置を絶えず確認し、その確認ができない場合、あるいはそう入に対して抵抗を感じる場合、またあるいは蠕動が亢進している場合には、検査の続行を停止すること、第三に、蠕動の亢進がみられる場合には、いち早く嘔吐反射の発生を予知し、万一嘔吐反射が生じた場合には、瞬間的にスコープ屈曲部のアングルをすべて解除し、スコープを保持する力を抜いて、スコープと腸壁との衝突を回避することである。

(2) 被告阿南の過失(注意義務違反)

しかるに、被告阿南は、右注意義務を怠り、漫然と長時間にわたつてERCP検査を施行し、十二指腸ファイバースコープの操作を誤まつて、本件穿孔を生ぜしめたものであるからその過失は明らかである。

(二) 被告国は、被告阿南の使用者であつて民法七一五条一項により、被告阿南の不法行為による損害賠償責任を負うものである。

(三) 被告門田は、温研病院の院長であり、管理者として、その医師である被告阿南を監督すべき立場にあつたから、民法七一五条二項により前同様損害賠償責任を負うものである。

4  損害

(一) 部外医師の招請費用 金四八万五五六〇円

亡正の入院中、いずれも東京から、東京大学医学部古川俊隆講師を七回、東京女子医科大学太田和夫教授を一回招いて、同人を診断治療して貰つたが、その交通費(東京・大分間航空券及びタクシー代一回につき金四万六三二〇円)、宿泊費(古川医師一回につき金一万五〇〇〇円、太田医師同金一万円)として、右両名に対して合計金四八万五五六〇円を出捐して、右同額の損害をこうむつた。右医師らは、現実に亡正を診断し、手術し、あるいは温研医師団に助言するなどをしているもので、亡正の治療に必要かつ有益だつたものである。

(二) 付添費等 金一一〇万〇四〇〇円

(1) 亡正の入院期間中、原告ら家族五名が交替して二四時間、五〇日間にわたつて付添看護したが、この間の付添費につき、一日あたり金二五〇〇円として、合計金一二万五〇〇〇円の損害をこうむつた。

(2) 亡正の入院期間中、付添人として徳島ハツら六名を延一二二日間雇傭して、その付添費及び謝金として合計金九七万五四〇〇円を出捐し、右同額の損害をこうむつた。亡正は、入院期間中の大部分意識を失つたままベッドに寝たきりの重篤な状態だつたから、付添看護が必要であつたものである。仮に、被告主張のように、温研病院において完全看護制度がとられ、あるいは亡正の看護について特別体制がとられたとしても、それはあくまで病院の看護体制であり、亡正のように重篤でいつ容態が急変するかもしれない患者の場合には、その他種々の身の廻りの世話等が不可欠で、終日の付添の存在は絶対的に必要であるし、亡正に関しては、温研病院側から付添人を付すことを要請されてこれを雇傭したものである。

(三) 逸失利益 金四億七二四〇万二六六五円

(1) 亡正は、いずれも役員報酬として、原告会社から金六〇八〇万円、訴外株式会社大分合同サービス社から金一〇〇〇万円、訴外株式会社大分合同案内広告社から金二一〇万円、訴外株式会社大分開発から金六〇万円の合計金七三五〇万円の年間収入を得ていたのである。

(2) 亡正は、死亡当時満六七歳であつて、同年令の男性の平均余命年数は一二・五年(昭和五一年簡易生命表)であるところ、亡正は、原告会社及びその関連会社である前記大分合同サービス社、大分合同案内広告社では代表取締役の地位にあつたので、右三社に関しては少なくとも右平均余命年数程度は就労が可能であつたというべきである(但し、前記大分開発の取締役としては少なくとも六年間を就労可能年数とみる)。何故なら、亡正は、昭和一二年四月大学卒業と同時に、父の経営する原告会社(旧豊州新報社)に入社し、取締役を経て、昭和二八年一月原告会社代表取締役社長に就任し、本件事故によつて死亡するまで二六年余にわたつてその任にあり、かつ同社の社主の地位にあつたものであり、原告会社におけるその地位は絶大なものであつたし、それに、原告会社の代表取締役の職務は、具体的にその下にある各取締役等の業務執行の統括に尽きるもので、高令のゆえにその職務を果たしえないような激務ではないこと、また、亡正の後継者となるはずの実子原告長野健及び同厚はいまだ若年であり、亡正が平均余命年数たる一二年を経て七九歳になつた場合でも、原告健は四九歳、同厚は四六歳になるにすぎないこと、亡正は健康に恵れ、右役職のほか数々の社会的要職を全うしてきたことなどに照らすと、亡正が原告会社及びその関連会社二社の代表取締役として稼働しうる期間は、少くとも右平均余命期間程度の一二年間とみるべきである。

なお、被告らは、亡正の肥満、胆石症、高尿酸血症をもつて、亡正の平均余命ないしは稼働可能の年数の負因子となる旨主張するが、肥満それ自体のみでは、その余命年数が平均余命以下であることの根拠とはならないし、胆石症や高尿酸血症は、いずれも現在においては簡単に治ゆしうる疾病であり、それが放置されるという特殊な事情でもない限り、余命年数等の算定にあたつて特別な考慮を必要とする因子とはなりえない。

(3) 右各数値に、中間利息控除につき新ホフマン係数により、生活費控除率については三〇パーセントとして、亡正の逸失利益を算出すると、次のとおりとなる。

(七二九〇万円×〇・七×九・二一五一)+(六〇万円×〇・七×五・一三三六)=四億七二四〇万二六六五円

(4) なお、被告らは、逸失利益の算定にあたり公租公課を控除すべき旨主張するが、失当である。何故なら、税法上損害賠償金は非課税所得となつているが、これは社会政策的見地等もつぱら被害者側に関する配慮から出た立法政策上の帰結にすぎず、その結果として国が被害者から税金を取らないことを理由に加害者がその分の賠償義務負担を免れることの根拠とされるべきではなく、加害者、被害者間における損害賠償額としての被害者の得べかりし経済的利益の算定は、税法上の取扱い以前の段階の問題として、それと無関係になされるべきものだからである。

(四) 慰藉料 金二〇〇〇万円

亡正は、六七年間の生涯で一度も病気入院したこともない程の健康体だつたもので、原告会社代表取締役社長のほか、前記各要職にあつて、その円熟した実力を存分に発揮し、特に新聞に対しては一筋に情熱を燃やし続けた者であるところ、健康管理のために温研病院の人間ドックに入院し、その健康診断上の検査過程における医師の初歩的ミスによつて、その志なかばにして、かつ五〇日余りも死線を彷徨したうえ死亡するに至つたもので、同人の精神的、肉体的苦痛は筆舌に尽しがたいものといわなければならない。右苦痛を慰藉するには金二〇〇〇万円をもつて相当する。

(五) 遺族の葬儀費 金三八九万一〇〇〇円

亡正の死亡により、喪主原告長野健は、通夜及び内葬費用として、合計金三八九万一〇〇〇円を出捐し右同額の損害をこうむつた。なお、亡正の生前の地位、社会的功績等から考えて右は相当の規模の葬儀費用である。

(六) 原告会社の社葬費 金六七六万〇三三〇円

原告会社は、昭和五四年七月一二日、大分市文化会館において、前社長である亡正の功績を称え、同人の冥福を祈るため社葬を行い、合計金六七六万〇三三〇円を出捐し、右同額の損害をこうむつた。

(七) 弁護士費用 金一五〇〇万円

原告らは、本訴代理人弁護士両名に対して、大分県弁護士会報酬規定に従つて弁護士費用を支払う旨約しており、同規定によれば、手数料、謝金あわせて六パーセントが標準とされているので、その範囲内である金一五〇〇万円(原告長野静において金六〇〇万円、原告瓜生幹子、原告都甲峰子、原告長野厚において各金二〇〇万円、原告長野健において金二五〇万円、原告会社において五〇万円)が、本件事故と相当因果関係のある損害として請求する。

(八) 原告らの各損害額等

原告ら(原告会社を除く)と亡正の身分関係は前記のとおりであるので、その相続分は、原告長野静につき三分の一、その余の原告につき各六分の一となるから、原告会社を除くその余の原告について右相続分にしたがつて亡正に生じた損害を分配し、各弁護士費用を加えると、各原告の損害金請求額は、原告長野静金一億七〇六六万二八七五円、原告長野健金八八七二万二四三七円、原告瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚各金八四三三万一四三七円となり、また原告会社の請求額は金七二六万〇三三〇円となる。

よつて、原告らは、被告阿南公展に対しては民法七〇九条、被告国に対しては同法七一五条一項、被告門田徹に対しては同条二項の、いずれも不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自、請求の趣旨記載のとおりの各金員及びこれらに対する訴状送達日の翌日である昭和五四年九月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、原告らの身分関係は知らないが、その余の各事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実のうち、亡正の入院が人間ドック入りして健康診断を受けるためであつたことは否認し、その余は認める。

(二)  同(二)及び(三)の各事実は認める。

(三)  同(四)の事実は否認する。本件穿孔の大きさは直径〇・五センチメートルないし一センチメートル大であつて、その部位は、十二指腸第三部ないし第三部に近い第二、第三移行部に位置し、かつ後腹膜腔穿孔という特殊の消化管損傷である。

(四)  同(五)の事実のうち、亡正が六月一六日午後八時五分温研病院において死亡したことは認めるが、その死因が十二指腸穿孔による急性汎発性後腹膜炎によるとする点は否認する。

3  請求原因3(一)ないし(三)のうち、被告国が同阿南の使用者であつたこと、被告門田が温研病院の院長であつたことは認め、その余は争う。

4  請求原因4について

(一) 同(一)の事実のうち、医師らを主張の回数招請し、診療等に関与して貰つたことは認めるが、損害の発生の主張は争う。亡正の病態は複雑で治療がはなはだ困難であつたから、有経験者や専門家の助力は有益であつたが、温研病院は総力をあげて診断治療に努めたのであつて、原告ら主張の回を重ねての診断は、本件治療行為を行う上で必要不可決なものでなく通常必要とするものでもなかつたし、温研病院側から指示要請したものでもない。加えて、温研病院は、すでに太田医師に対し二回分、古川医師に対して一回分相当額の謝礼を支払つているところであつて、これを超える医師招請費用はむしろ原告らの温研病院側に対する不信感等専らその主観的観点に立つて行われたものであるから、亡正の医療行為として相当性の範囲をこえたものであつて、被告らにその補てんを要求すべきものではない。

(二) 同(二)の損害の発生の主張は争う。同(二)の(2)の事実のうち温研病院側が付添人を付すことを要請したとの点は否認する。温研病院は厚生省基準看護でいう特二類施設(いわゆる完全看護)として承認されているうえ、亡正の看護については特別体制をとり、五月一〇日から内科医師と看護婦を常駐させ、更に五月一七日からは三名の医師と三名の看護婦による八時間交替で二四時間看護にあたつてきたものである。したがつて、亡正については、付添は全く必要なかつた。ただ、同病院としては、付添については、患者の家族が身近にあつて世話をしたいと申し出た場合のみ、病院の許可を条件としてこれを認めてきたのである。然るに、原告らは、病院側の制度、看護体制を無視して職業的付添人を差しむけてきたもので、原告らの右付添にかけた出費は、その主観的観点に立つて行なわれたものといわざるをえず、その補てんを被告らに求めるのは失当というべきである。

(三) 逸失利益について

(1) 請求原因4、(三)の(1)の事実のうち、亡正が原告会社その他の役員であつたことは認めるが、その余は争う。

(2) 同(2)のうち、亡正の年令及び同年令の平均余命年数は認めるが、その就労可能年数算出に関する主張は争う。亡正のごとき高令者については、その就労可能年数を平均余命年数の全期間とすることは相当でなく平均余命年数の半分程度とみるのが相当である。特に、本件に即して具体的にみても、亡正が肥満、胆石症、高尿酸血症等の生命及び身体活動に対する障害因子を有していたことに鑑みると、平均余命を前提とすること自体既に不合理であり、まして身体活動に対する障害性からして平均余命年数をもつて、同人の就労可能年数とすることの不合理さは明白である。

(3) 同(3)は争う。

(4) なお、逸失利益につき、公租公課相当分をも含めて算出し請求しているが、これらは控除すべきである。何故なら、損害賠償制度は、被害者に生じた実質的な損害の公平な分担を図るのが目的であるから、逸失利益の算定にあたつても、実質的損害のてん補を図るのが正当であり、従つて、死亡に伴う逸失利益の算定にあたつて、公租公課の負担を考慮せず、右相当分も含めて相続人に承継される財産とするのは不合理である。以上の観点から、亡正の逸失利益算定における控除すべき公租公課についてみるに、昭和五三年度分を例にとると、源泉所得税合計金三五〇八万三八四〇円、社会保険料金三五万四〇二〇円、市県民税金九六八万三六〇〇円にもなる。

(四) 同(四)の事実のうち亡正が健康体であつたこと、医師に初歩的ミスがあつたことを否認し、慰藉料額は争う。本件の慰藉料算定にあたつては次の事情を特に考慮すべきである。すなわち、亡正は、後述のとおり本件検査後医師の注意、指示を無視し、あるいは、敢えてこれらに反して自由勝手な行動を行つた結果、死亡するに至つたこと、また、亡正は保険会社から金四億円余の高額の生命保険金を受領し、同人の遺族たる原告らにおいてこれを相続しているのであるが、慰藉料のもつ金銭による満足的機能に照らせば、高額の保険金の受領により、被害者の苦痛が軽減ないしは忘却されるとみるべきであり、特に本件のように遺族の生活が十分確保されている場合には一層この理が当てはまる。

(五) 同(五)は不知ないし争う。原告長野健主張の葬儀費用相当金額は、それ自体高額であり、亡正の生前の地位等に照らしても、死者を弔うための費用としては、なお不相当な額というべきである。

(六) 同(六)の主張は争う。

遺族が死者を弔うことは古今東西人間社会の慣習ないし社会的責務ともいうべきものであるが、法人がその代表者の死を弔うことは慣習ないし社会的責務とはいえば、むしろ好意の範ちゆうに属するものである。したがつて、原告会社がその主観的事由に基づいて、しかも遺族の葬儀と重複して行つた葬儀費用は、本件において相当な出捐とされるべきものではない。

(七) 同(七)の弁護士費用額は争う。

(八) 同(八)の事実のうち、原告会社を除く原告らと亡正の身分関係は知らない。その余の事実は否認する。

三  被告らの主張

1  本件の死亡に至るまでの経緯

(一) 亡正の検査歴、既往歴

亡正は、温研病院で、昭和三七年一月(一日間)に第一回目の、昭和四三年六月(約一週間)に第二回目の、昭和四五年一一月(五日間)に第三回目の、いずれも入院のうえ健康診断を受けている。第三回目は、通常入院扱いにより(単なる健康診断でなく、病気入院として健康保険扱いとされる)、胆のう不造影、アレルギー体質、左手機能障害、左下腹部痛、高尿酸血症の所見があり、肥満症、動脈硬化症、高尿酸血症、左上肢筋萎縮症の診断を受けた。

(二) 本件健康診断とERCP検査に至る経緯

亡正は、昭和五四年四月九日午前九時三〇分、健康診断のため温研病院に来院した。その際、事前に前記各診断の受診録が呈示され、これには前記のとおり異常所見もあり、また保険診療の要請もあつたので、問診のうえ疑診として健康保険扱いとし診察したところ、肥満増強、左小手筋萎縮、不完全右脚ブロックの所見も得たので、これに前回所見の胆のう影不影、高尿酸血症等の精査の必要があること及び本人の希望をも考慮し、入院検査をすることにした。この際、主治医は友岡和久医師となり、同医師は、翌四月一〇日、胆のう造影のため、いわゆるテレパーク法を試みたが、不造影となり(不造影は、胆のう等に胆石や癌などの異常があるとされる)、更に、超音波診断(エコー)をも試みたが、それも亡正の高度の肥満、脂肪等のため鮮明な像が得られず失敗に終つた。以後同月一三日までの間、心電図その他一般検査が実施されたが、亡正は、入院当初から連日外泊を続けていたので、友岡医師は同日をもつて入院検査を打切り、同月一六日再来院することを指示して退院させた。同月一六日、延永教授は、右の検査結果から、肥満率プラス三八パーセントの肥満症、高尿酸症、高脂血症、十二指腸憩室、同腸潰瘍瘢痕の疑い、不完全右脚ブロック(動脈硬化性心疾患の疑い)、腎機能障害、慢性肝炎の疑い等の所見を得、同日来院した亡正に右所見の概要を説明すると共に、高尿酸血症及び高脂血症については治療を要すること、胆のう不造影のままで検査不十分であるからDIC法による造影検査の必要があることを話し、同人もこれを希望した。そこで、同月二四日友岡医師により胆管につきDIC検査が試みられたが、これも不造影に終つた。

(三) ERCP検査の実施

(1) 胆のう等が以上の各種検査によるも不造影であることは、現代医学上胆のう等に胆石や癌等何らかの障害が発生していると考えるのが常識であるので、友岡医師は、亡正に対し、同月二四日その旨説明し、更に、ERCP検査を行う心算であること、同検査には多少の苦痛を伴うこと及び副作用として膵臓に負荷がかかり急性膵炎を起して腹痛を誘発する可能性があることを説明した。これに対する亡正の承諾も得たので、同医師は、内科消化器主任織部助手に連絡依頼した結果、被告阿南が右検査を担当することになつた。同被告は二〇〇例以上のERCP検査経験を有していた。

(2) 同月二七日午前一一時四〇分、温研病院にて、被告阿南が施行者、織部助手が検査助手として立会い、同検査を開始した。ファイバースコープの経口的そう入、胃幽門の各通過は順調で、十二指腸第一部から第二部に達し、ファーター乳頭部付近で憩室が発見されたが、このころから蠕動が起り、乳頭の発見が困難になつたので、コリオパン(鎮痙剤)一アンプルの筋注がなされたところ、数分後蠕動は静まり、かつ乳頭も発見された。そこで、被告阿南は、カニューレを乳頭開口部にそう管し造影を試みたが、膵管にしかそう入されず、しかも蠕動が亢進し嘔吐反射が強くなつたので、胆管造影を断念し、スコープを抜去した。そして術後の膵炎、感染等予防のためニコリン(シチコリン制剤)二五〇ミリグラムの静注、リンコシン(抗生物質)六〇〇ミリグラムの筋注を行つた。

(四) 検査後の経緯

(1) 検査フィルムが出来て、同日午後一時ころ、阿南医師は、透視台上に休んでいた亡正に対し、胆管不造影のこと、膵管に異常がないことを話したうえ、検査後の措置として、夕刻までの絶飲食、二、三時間の安静、更に経過観察のため同日午後四時ころまで外来に留るよう各指示した。ところが、亡正は、レントゲン室から出るや外来待合室のジュース自販機に行き、コインを投入しようとしているところを偶々友岡医師に発見されて制止されたうえ、診察室に連れて行かれ、同医師からも前同様の指示説明を受け、午後四時まで院内に留り、腹痛あれば連絡するように指示を受けた。

(2) それにもかかわらず、亡正は、直ちに無断で自家用車を運転して帰路についた(第一回離院)が、途中腹痛を覚え、午後二時ころタクシーで再来院(第一回帰院)した。友岡医師が診察すると、腹部に圧痛及び自発痛を認めるも腹膜刺激症状は認められず、術後膵炎を考慮してFOY(抗膵炎剤)の点滴、コリオパンの筋注をし、その後の処置を被告阿南に依頼した。午後三時半頃に腹痛が消失するや、亡正は重要な用件があるといつてしきりに帰宅を希望した。同被告は腹痛の消失は薬効のためであり、またすぐに腹痛が再発する可能性があるので入院して精査するよう強く勧めたが、同人が帰りたいと言つて聞き入れないため、止むなく腹痛が再発したならばすぐに来院するように指示し、午後四時ころ帰宅させた(第二回離院)。

(3) 同日午後七時ころ、亡正が再び腹痛を訴えて来院した(第二回帰院)。直ちに当直医轟木峻医師がこれを診断したところ、圧痛は右季肋部、左下腹部、右下腹部に認められたが、これらが何によるものかについては判断しかねたので、とりあえずペンタジン(鎮痛剤)を筋注し、直ちに織部助手に連絡し来院を求めた。そのうち再び、上腹部痛が現われたのでERCPによる術後炎の徴候であると判断し、FOYの点滴を開始した。

(4) 午後八時ころ織部助手、ついで延永教授が来院、直ちに診察したが、腹痛の原因が明確ではなかつたので、腹部レントゲンの撮影を指示すると共に、レントゲン写真と右腹痛との関連性について、同教授らで協議した。その結果、上腹部痛及びその他の臨床症状等からみて一応急性膵炎の可能性が考えられたが、レントゲン写真の一枚に、上腹部あたりに異常帯状影があり、その原因の判断が困難であつた。けだし、消化管穿孔に伴い生ずる腹膜炎であれば、遊離ガス像は、横隔膜下に表われるのであるが、そことは違つた上腹部あたりであり、かつ、その形が通常みられる遊離ガス像とは異なつたものであつたからである。

なおそのころ、織部助手は、電話にて阿南医師に検査施行中、器械損傷にいたるような感触の有無を問い合わせたところ、そのような感触はなかつた旨の返事を得た。

(5) そこで外科の意見を求めるため、秋吉講師の来院を求めた。同講師の意見は、右横隔膜下に遊離ガス像が明確に認められないこと、検査施行者に腸管穿孔の感触がないこと、腹膜炎の徴候であるデファンス(筋性防御)及びブルンベルグ徴候(腹部を押えたときより離したときの方が痛みが強い徴候)が認められないこと等から、急性膵炎の可能性が強いとのことであつた。午後一〇時ころ、友岡医師も来院、右の協議をふまえ、延永教授らと急性膵炎の治療を行うと同時に穿孔の可能性も考慮して慎重に以後の経過を観察することにした。翌二八日においても腹痛が持続したので、同日午前一〇時ころ、再度レントゲン撮影を実施したところ、明らかな遊離ガス像を横隔膜下に認めるに至つた。

(五) 開腹手術の施行

そこで、外科の辻秀男教授の診断を求めたところ、右の遊離ガス像に加え、右下腹部試験穿刺の結果等をふまえ開腹術が決定され、同日午後一時五〇分ころから辻教授の執刀により開腹手術が開始された。手術の結果十二指腸の第三部又は第三部に近い第二・第三部移行部に径〇・五ないし一センチメートルの穿孔が、また、膵頭部付近の脂肪組織に急性膵炎時にみられるような壊死性変化が認められ、胆のう内胆汁は白色胆汁化し、中に三個の結石が認められた。うち一個は胆のう管内にはまりこんでいた。それで、穿孔部は創縁を新鮮化した後に縫合閉鎖し、胆のう摘除を行い、更に滲出液誘導処置を併施して、午後四時三〇分ころ手術を終了した。

(六) 術後から死亡までの経緯

亡正には開腹手術中よりみられた乏尿傾向が術後も認められ、これははじめ血圧低下を伴つたため循環血液量減少と判断され、充分な輸液が行われ血圧は回復した。しかし、血圧回復後も乏尿が続いたことから、急性腎不全が疑われ、利尿剤が役与されたがなお尿量増加せず(二四時間尿量五〇〇ミリリットル、正常値は少なくとも七〇〇)、翌二十九日午前一〇時ころ急性腎不全と診断された。そこで血液透析の準備を開始し、遅くとも翌三〇日午前中には機材の搬入など透析に必要な態勢が整えられた。この時の血液尿素窒素値は四七・三とさほど高値ではなかつたが、血清カリウム六・三と上昇し軽度意識障害が認められ、また術後患者であることも考慮し、同三〇日午後五時ころよりシャント作製(血液透析のための動静脈体外短絡路)にひきつづき、午後六時ころより血液透析が行われた。なお透析施行直前の血液尿素窒素値は五五・七、血清カリウムは四・七であつた。そうして血液透析後の血液尿素窒素値は四八・八に低下したが、翌五月一日朝には六一に再上昇し、その後も連日の透析にもかかわらず六二ないし一二〇と高値を示し、意識も障害され、尿毒症状態が持続した。そのため術後七日目である同月五日ころに縫合不全を、ついで術後一五日目の同月一三日には腹壁開腹創の全開を来した。また腎不全は、広範化していた後腹膜や縦隔などの感染症を更に増悪せしめ、遂に敗血症を起すに至つた。さらに同月二二日には頭蓋内出血及び数回にわたつて腹腔内出血を起した。この間滲出液誘導や止血のための処置が反復施行されたが、次第にいわゆる多臓器障害へと進展し、肺機能不全のため同年六月一六日死亡するに至つたものである。

2  十二指腸穿孔の原因について

(ファイバースコープによる穿孔の不可能性)

原告らは、本件穿孔は、被告阿南医師による本件ERCP検査施行時、十二指腸ファイバースコープによつて生じたと主張するが、右は以下にのべる諸点に照らすと、臨床医学経験則に反する不合理な主張というべきである。

(一) ERCP検査の危険性について

(1) ERCP検査において、スコープをそう入する目的は、乳頭開口部からカニューレをそう管して膵胆管造影をすることにある。したがつて、先ずは十二指腸第二部の中間部に位置する乳頭開口部の適確な把握を目標にして同スコープを操作することになる。そして、本件においては、右の操作をし、十二指腸下行部へそう入して下降して行く過程で、難なく乳頭開口部を発見しており、乳頭開口部探索のためのスコープの先端を下十二指腸角の本件穿孔部位付近まで下降させる必要性はなく、その事実もなかつた。しかも、スコープの視野角が六四度であるため、乳頭開口部を正面視するには、スコープを奥に入れるほどその先端を上向きにする必要が生じる。すなわち本件穿孔部位とは逆の方向に湾曲することになるし、遠ざかることにもなる。

(2) また、本件ERCP検査は、その大部分を胆管造影のためカニューレを乳頭部へそう管するために費やされたものであるところ、胆管造影は膵管造影に比して「心もち」奥にそう入するのであるが、それも、右視野角の関係から、スコープ先端付近を乳頭開口部を見上げるように湾曲させてそう管する方法が措られるのであり、その先端の位置は第二部の範囲内に留つているものである。そうして先端の力作用の方向は、スコープが湾曲状態にあるから、本件穿孔部位に穿孔を生じさせるような方向に力が働く余地はなく、また、スコープ自体の滑り易さに加え、湾曲によつて腸管走行に沿つた形となつてスコープ先端は一層滑り易くなつており、更に腸管の柔軟性、弾力性及び腸管内面の粘滑性に照らすと、スコープそう入によつて腸壁に穿孔を生じるほどの強い力が働くことはないのである。

(3) もつとも、被告阿南において、嘔吐が発生した際、乳頭開口部を一時的に見失なうことがあつたが、それも既に一旦同部を発見した後のことであり、格別のそう入操作等を行うまでもなく、容易に乳頭開口部を把握できたもので、同部の探索のためのそう入を繰り返してすることもなかつたし、他にERCP検査における常軌を逸したような操作ないしそれを疑わせるような操作をしたことはない。

(二) 蠕動運動、嘔吐反射時の対応について

被告阿南は、蠕動運動を生じたときは、鎮痙剤を静注し、かつスコープのアングルを解除してその緊張状態を解き、柔軟な状態にして待機し、嘔吐反射の際にも、その前兆を覚知し、即座にスコープのアングルを解除し、柔軟な状態にして嘔吐の鎮静するまで待つていたものであつて、スコープの操作にあたつては、確立された手技にしたがつて慎重に実行し、不必要、不用意あるいは乱暴な操作等を行つたことはないし、器具損傷の感触もなく、検査中特に異常を認めなかつた。なお、検査中三例に一例程度は蠕動運動の亢進や嘔吐反射が生ずるといわれ、所要時間も一時間を超えることもあるが、本件では約五〇分で終了している。

(三) 嘔吐反射時の危険性について

(1) 嘔吐反射時の十二指腸は、強直性収縮を起こし、腸管の内面が接触する程度まで収縮する。しかし、これも流動内容物を胃内に送り込む機序であり、その必要な限度の力と作用に止まり、スコープのような異物を送り出すような強い収縮ではなく、しかも腸管全体が均一に輪状収縮するのであるから、スコープ先端と本件穿孔部位が嘔吐により接するということもないし、同部位に局部的に強く接触することもない。また収縮時腸管内にスコープが存在している場合には、スコープ先端も腸管壁に接する状態となるが、腸管はスコープの全体を包むように収縮しているものであるから、この点からも十二指腸の腸管とスコープの間には、強い力が局部的に作用するという状態は生じてこない。のみならず、腸管が収縮すると腸管壁断面の厚さが収縮前に比較して極端に増加し、腸管に加わる圧迫等に対する腸管自体の強度も増大する。以上の点にかんがみれば、嘔吐反射の状態下でスコープによる腸管穿孔が生じることは考え難いことである。

(2) なお、原告らは、そう管時には乳頭を正面視するため、スコープに左右アングルをかけ固定されている状態となり、このときに嘔吐反射が生じた場合、穿孔の可能性がある旨述べるが、アングル固定といつても、スコープ先端は、決して腸管の収縮力や腸管壁との接触による抵抗に負けない程硬直化するものではなく、その抵抗に柔軟に対応し、その抵抗を排除して硬直状態を維持するように作られているのである。尤も、本件において左右アングルを使用、固定したとする前提自体存在しないことである。

(四) 蠕動、嘔吐反射時の危険性についての臨床医学的経験則

そもそも、嘔吐反射により十二指腸穿孔を生じるという臨床医学的経験則なるものは存しない。ERCP検査での嘔吐反射及び蠕動運動につきその危険性を指摘する文献等はなく、これらは同検査に随伴する通常予期される事態とされ、危険との関係でこれらを捉えるものはなく、したがつて禁忌とされることもない。原告らの嘔吐反射時における損傷論又は過失論は、マロリーワイス症候群に示唆を受け、これに蠕動や嘔吐反射等が人体に与えるであろう抽象的危惧感を合体させた独自の観念論であつて、具体的危険論ではない。また、蠕動や嘔吐反射が右検査時回避されるべきことは、それが生体の一種の拒絶反応であり、同検査がこれを障害する行為であることに照らせば当然のことであり、術者がその障害を除去するため、スコープのアングルを解除する等の操作をするのは、体内組織に危害とならないように等を瞬間的に想起して行うもので、嘔吐反射等に伴う具体的危険性の認識ないし予測に基くものではない。すなわち抽象的危惧感によるものである。

(五) なお、温研病院の医師団は、亡正の死亡前後ころまでは、本件穿孔がERCP検査の実施中に発生したものと推測し、原告らに対してその旨説明し、謝罪、遺憾の意を表明していた。しかし、その当時、右医師らには、本件部位の穿孔に関する知識、経験はなく、単に内視鏡による消化管損傷一般の知識と腹痛を訴えて来院する前にERCPが実施されたとの事実が与えられていたのみで、右医師団の説明も、単純かつ限定された所与の条件のもとで、他の医学的知見は勿論、本件検査の具体的態様に対する十分な検討もなされていない状況下での推論にすぎず、現在では右推論が誤りであることは敍上に照らし明らかである。

(本件穿孔の原因)

亡正の本件十二指腸穿孔の原因は、次の事実に照らすと、交通事故等による外的鈍力の作用によるものである。

(一) 外傷性十二指腸穿孔は、近年の交通事故等の増加に伴つて増える傾向にあり、他の外的鈍力が作用して発生する場合も含めて、日常的な危険性の中で生起する現象となつているが、十二指腸ファイバースコープ等検査器具による十二指腸穿孔例は極めて少なく、従前の統計例に照らすと稀有の事例に属するものである。しかも、器具による十二指腸穿孔例は、球部、第一部ないし第二部上部及び第三部の空腸側ないし空腸に発生し、かつ腹腔側に穿孔しているものであるのに、本件は、穿孔部位が第三部ないしは第三部に近い第二、第三部移行部に位置し、かつ後腹膜腔穿孔という特殊の消化管損傷である。さらに加えて、十二指腸ファイバースコープ等器具による損傷の場合には、穿孔と病変や手術部等腸管の解剖学的異常走行と極めて密接な関係があるため、本件のような健常な十二指腸について、同部位が穿孔された事例は一例も報告されていないのである。

(二) そうして、器具による十二指腸穿孔例が、右のように、十二指腸の両側部分に、しかも腹腔側に穿孔を生ずるのと対照的に、交通事故等鈍的外力による外傷性十二指腸穿孔の場合には、その発生部位は、十二指腸の第二、第三部等中間部でかつ後腹膜腔に集中していること、並びに前記の腸管の解剖学的異常走行の有無との間に格別の相関関係は存在せず、むしろ健常のものであつてもそのことに無関係に発生するのが特徴であることに照らすと、本件の十二指腸後腹膜損傷については、腹部に対する外的鈍力等が加わつて発生したと考えるのが医学経験則に合致する。

(三) なお、本件においては、亡正の体表等に打撲傷その他の合併損傷又は副損傷等の存在は確認されていないが、鈍力等外傷性穿孔にあつても、報告例では合併損傷を伴わないケースも相当割合で存在するし、それが軽微で看過されることや発症が時間的にずれることもあり、右損傷の存否を器具による穿孔との鑑別基準とすることはできない。また本件で、穿孔創口が比較的新鮮であつたことや、気腫が極めて早期に認められた点についても、いずれも相対的状態認識の問題であり、前同様これをもつて鑑別基準となしうるものではない。

3  本件十二指腸穿孔と死の結果との因果関係について

(一) 被告の主張する因果関係概略と原告主張の因果関係の不当性

十二指腸穿孔は、それ自体直ちに死に結び付くのでなく、大部分治癒され、ことに本件のように穿孔部位が後腹膜側に生じた小穿孔は治癒しやすい部類に属するし、仮に、後腹膜炎が生じても、適切な医療措置により、炎症を限局化して重大な結果とならないのであり、本件の同穿孔や後腹膜炎が死の転帰と相当因果関係を有することはないのである。本件において、亡正が死亡するに至つた経過は、十二指腸後腹膜側穿孔に起因して発症した後腹膜炎が、後述のような亡正固有の事由によつて、その炎症(感染)巣を拡大、広範化して急性腎不全を発症させ、急性腎不全がまた感染症を増悪させるという積分的悪循環を形成した結果、死の転帰に至つたというものである。そして、本件において、予後を悪化させて死の転帰に至らしめた最大かつ根本的要因となつたのは、急性腎不全であり、その腎不全をもたらした中核的要因は、亡正の固有の要因である身体的素因及び同人の医師の指示を無視した自由勝手な行動である。

然るに、原告は、本件穿孔と死との因果関係を「十二指腸穿孔による急性汎発性後腹膜炎による死亡」と構成し、極めて単純化して主張している。後腹膜炎自体は、通常必要な医療処置を加えることにより、生体防御機能によつて限局化し、汎発性化する等重大化するに至らないものであり、原告主張のような因果律は医学上も法律上も存在しない。しかも本件では、右医療処置を受けうる具体的環境下にあつたのであるから、その具体的因果律には、後腹膜炎が治療可能の限界を超えるまでに拡大広範化した要因の存在が必要であり、かつ存在するはずなのに、原告主張のそれには、右要因を欠落しているし、死の転帰の最大要因が急性腎不全にあるという視点も失しており不当である。すなわち、炎症巣の拡大広範化の原因となつたのは、亡正自らの自由勝手な行動であり、この具体的事実を本件因果の系列から脱落させている。

(二) 後腹膜炎の発症、その拡大の機序と亡正の行動

(1) 機序

炎症巣拡大のための条件としては、空気の漏出による気腫の形成が必要であるが、十二指腸内容物の流出拡大も必要であり、そのためには飲食による十二指腸内容物の増大腸内圧の亢進及びその拡散機序の作用がなければならない。そしてそのような状況は、「絶飲食・安静保持」が維持されている限り発生する余地はないのである。右に反する飲食・安静不保持の行動(通常行動)は、必然的に飲食物およびその刺激によつて分泌亢進した消化液の十二指腸内通過量を増加させ、腸管内圧を上昇させ、穿孔部からの十二指腸内容の逸脱漏出ひいては穿孔部の拡大をもたらす結果となつたと考えられる。そして一たん逸脱した十二指腸内容は、空気の流出によつて形成された気腫によつて物理的・力学的抵抗が減弱した後腹膜腔に流入し、ここに飲食物ならびに消化液の化学的刺激による炎症反応や細菌による感染を惹起することになる。他方、通常行動における身体運動は、呼吸運動を亢進させ、吸気時に発生する胸腔内陰圧によつて、後腹膜腔の起炎性物質が縦隔さらには胸膜外腔にまで吸い上げられ上向していくことが容易に考えられる。

(2) 通常行動(安静不保持)

身体運動に伴つて呼吸量が増加すれば、当然吸気時の陰圧も増大する。安静時でもこの機序は起こるが、通常の運動はこの現象を著しく増大させ、内容物拡散、炎症巣拡大における機能として、決定的な差異をもたらすのであつて、通常行動を本件因果過程において無視することはできない。そして、本件において亡正が医師の安静保持の指示を無視して離院し、身体運動を行つたことは前記のとおりである。

(3) 飲食物の摂取行為

本件のような広範な炎症巣が形成されるには、少なくとも一〇〇〇ミリリットル前後の十二指腸内容の漏出が必要であつたと推定される。もつとも、胃液、膵液、胆汁等は常時十二指腸内に流入しているが、一般に胃液、膵液、胆汁の一時間の分泌総量は七〇ミリリットル位と考えられるから、これを一時に十二指腸内に送り込んだとしても本件ほど広範な炎症巣を形成せしめるような内圧上昇及び内容漏出拡散という状況は到底起こり得ない。また、原告らは、コリオパンの作用及び腸管麻痺による漏出可能性をいうが、コリオパンは、腸管などの蠕動抑制作用の反面消化液等の分泌も抑制するのであるし、腸管麻痺は、相当程度の炎症が形成されて生じるのであるから、先ずかなりの量の腸内容が流出して後腹膜に相当程度の炎症が形成されることが前提である。しかも、後腹膜炎の場合の腸管麻痺はさほど高度ではない。これらのことから、広範な炎症巣を形成するほどの大量の腸内容物は飲食することなしには得られないことが明らかである。他方、亡正は、本件検査後、禁止されていた飲料物を摂ろうとして制止されたという事実があり、また、検査前既に脱水状態にあつたところに、十分な補液も行われず、一方では飲食も規制されないという状況下にあつては、口渇に堪えることは極めて困難なことであつたと認められること等からすれば、検査後に同人が飲食物を摂取したことは間違いないと思われる。

(三) 十二指腸後腹膜穿孔から後腹膜炎症巣の拡大広範化に至る経過と因果関係の不存在

以上の機序、亡正の行動の存在にも拘らず、原告らは、後腹膜炎症巣の拡大、広範化は、亡正の場合に特異な現象ではなく、一般的に生じうると主張する。しかし、後腹膜炎の予後は、結局は限局化され、重大な結果が回避されるのが通常であることは前記のとおりである。ことに、ERCP検査前後のように空腹の状態では、十二指腸は空虚で無菌に近い状態でありかつ空気も存在しないから、穿孔が生じても何らかの副次的要因がなければ、本件のように後腹膜炎や縦隔洞、胸膜周囲に至るまでの起炎性物質の侵入による炎症は生じえない。然るに、本件にみられる広範な炎症巣の形成は、前項の機序に照らすとき、安静、絶飲食を欠如した患者の自由勝手な行動という条件及び生体防御機能が働かない場合を設定する以外に説明できない。そうして、本件においては、検査後の安静保持、加療、絶飲食という医療処置がまさに加えられようとしたのに、本人の自由かつ頑固な意思によつてこれが欠如され、重大な結果が発生したもので、亡正の自由勝手な行動即医療処置の欠如がその結果を左右する決定的要因となつたものである。

すなわち、本件穿孔それ自体は、創口径〇・五ないし一センチメートル、つぼみ状で翻転し外側にはみ出した状態からして、十二指腸内容物が漏出しにくい状況にあつたから、亡正が医師らの前記指示に素直に従つておれば、十二指腸内容の増加、内圧亢進、内容漏出、拡散という事態は生じ得ず、更に発生した腹痛に対しても入院加療の指示に素直に従つておれば、少なくとも右事態の増悪化が阻止されていたのに、その指示に従わず病院を離れ、右の事態をますます悪化進展させ、遂には治療可能限界をこえる炎症巣の拡大、急性腎不全の発生・増悪化という重大な結果を招来するに至つたものである。

そうして、本来、本件のような状況下では、医療処置を受ければ重大な病変に至らないとの前述の臨床医学上の経験則、因果律からすれば、本件においては、この因果過程が障害され、炎症巣の拡大、広範化から死の転帰へと別個の因果過程となつたのは、まさしく医療処置の欠如であり、右の亡正の自由勝手な行動がその障害事由として実在したからに外ならない。してみると、本件穿孔と炎症巣の拡大、ひいては死亡との間に相当因果関係が存在しないことは明白である。

(四) 自由勝手な行動に対する医師の指示、制止義務の履行及び指示遵守による結果回避の可能性

(1) 自由勝手な行動制止と医師としての義務履行

自ら医療を求め受診した者は、当然のことながら、診察、治療につき医師の指示、注意に従うべきであり、そうあつてこそ、医療側も責任ある診察、治療がなし得るのであつて、敢えて医師の指示、注意に反しあるいはこれを無視して自らの勝手な行動をとる者に対してまで、その結果に対して問責される理由はない。

そうして、温研病院においては、ERCP後少なくとも三時間は経過観察をし、合併症が存在した場合の早期発見とその対処のために必要的処置として、定型的、日常的に行つて来たものであつた。このことは、本件においても直接本人に伝えられているのみならず、術者である被告阿南は、右のこと以外にも、前記のように絶飲食、離院時の主治医等の確認をとること等、具体的な説明及び指示を与えているのである。しかるに、亡正は、前記のように検査終了直後から既に病院内でジュースを飲もうとして、制止され、その際にも重ねて病院内にとどまるよう医師から指示、説明を受けながらこれに反して離院し、その後に苦悶状を呈するほどの腹痛に見舞われて再度来院している。更にその時も、同人は、鎮痛剤等の注射等の治療を受けた結果痛みが治まるや、再び強く帰宅を主張し、治療にあたつていた被告阿南の指示ないし注意にも敢えて反し、帰宅を強行しようとするので、同被告はやむなく同人に「少しでも痛みが起きたらすぐ来院し、かつその場合は入院しなければならない」旨厳重に指示するとともに、本人の来院に備えて外来で待機しかつ友岡医師、織部医師と相談のうえ家族にもその旨連絡をした。そして、同日夜七時頃再び強度の腹痛を訴えて来院し、入院するに至つたのである。

もつとも本件では、当時客観的には急性膵炎のみならず後腹膜穿孔という事態も存在していたが、後者については、当時誰しも認識し得ておらず、当時の同人と医師らとのやりとりは、後腹膜穿孔を予定ないし前提としたものでなかつた。しかし、それゆえに同人の自由なる行動が本件にあつて医療経験則上妥当視されるわけではなく、また医師ら医療側の同人に対する対処が不十分であつたことになるわけでもない。けだし、前記のような医療側の指示等に応じた行動がとられるならば、万一予想しなかつた事態(後腹膜穿孔)が存在していたとしても、右行動自体がこれに対する適切な医療効果を有し、更にその後の必要かつ有効な処置を可能にして、重大な結果の発生を防止し得るものだからである。

以上の経緯から明らかなように、本件医師らは同人に対する医療上の処置として、指示、注意、制止、危険性及び悪影響の説明、医師の病院待機、家族への連絡等を行つているのであるから、医療側として要求され得る処置を十分行つているといわねばならない。あとは判断の資料を与えられ、これを認識した本人が、自らの自由なる判断と責任において決定しかつ実行したことであつて、それ以上に、医療側において同人を物理的に拘束するなど許されず、いわんや、同人の社会的地位、見識、年令等々からすれば、当時の状況下において、前記医師らの対処以上のことを要求する者は原告ら以外に誰もいないであろう。以上要するに本件において亡正が検査終了後医師の指示や注意に反し自由に行動したのは、同人の自由なる判断と責任において行つたものであり、医師らに何らの義務の不履行もないというべきである。

(2) 医師の指示等の遵守とその効果

本件状況下で通常なされる医療的措置としては、まず第一に、安静の保持及び絶飲食並びにこの状態下での医師の状態経過観察が実施継続され、次に本件では急性膵炎が存在したので、三、四〇分経過する頃には腹痛を起したであろうから、急性膵炎の診断の下に、鎮痛薬等の投与を行うとともに、入院させて安静の保持、絶飲食、輸液、状態経過観察が続行される。続いて、しばらくすると鎮痛効果が薄れるとともに腹痛が再発してくるが、この状況に至ると再度前記投薬等の処置を行うとともに、胃液の吸引、抗生物質の投与、レントゲン撮影の反覆、尿量測定等が行われ、穿孔に対する疑いも加わつて、他科の医師も含めた病態の把握と対処をめぐる討議が重ねられる。

以上の種々の処置は、たとえ十二指腸後腹膜穿孔が確診されていなかつたとしても、これに対する効果としても少なくとも病変進行の抑制つまり炎症巣の拡大阻止とこれによる脱水状態の未然防止がなされ得たものである。すなわち、絶飲食及び安静の保持の状態が確実に一貫して確保される一方、必要な補液が間断なく続けられ、また早い段階で抗生物質の投与等も行われ、さらに本件穿孔口が小さいこと等からして穿孔部より後腹膜側へ腸内容物(消化液、飲食物)が流入するということはほとんど考えられず、仮に消化液や消化管内の細菌がいくらか流入し、これによる化学的刺激や細菌感染によつて炎症巣が形成されたとしてもそれが拡大することはなく、限局化されたであろうし、本件において急性腎不全の中核的因子となつた脱水状態に陥いるという事態にはならなかつたものと考えられるのである。更に医師の状態経過観察が継続的に行われているから、患者の状態変化に対応した多くの臨床的観察結果やレントゲンフィルム、諸種の検査結果等がより早期に迅速・適確に得られ、これらをもとに、本件と異なつて通常勤務時間内にあつた多くの医師らの検討がなされる結果、診断が困難な後腹膜側の穿孔ではあるが、本件の場合より早い時期に穿孔の存在、部位等についての診断がなされ得た可能性も否定できない。

(3) 以上のように、亡正が医師の指示要請に従つて行動したならば、適切な医療措置がとられ、その結果として本件の重大な結果を回避できたし、医療側としても、右指示等必要な義務を十分尽していたのである。しかるに、同人が、自由勝手な行動を行つたため、このことが本件の予後を悪化させ、死亡という結果を招来した最大かつ根本的因子である急性腎不全の発症及びその増悪化を決定的不可避的に方向づけたものであつて、結局同人の右行動が、結果たる死亡に対する原因として、その寄与力の大なるものであつたことは、医学経験則上はもちろんのこと法的にも認めざるを得ないものといわねばならないのである。

(五) 急性腎不全と因果関係

(1) 急性腎不全の予後に及ぼした影響

本件で、予後を不良ならしめ、死亡という結果を招来した直接的、間接的原因のうち、急性腎不全が最も重要かつ根本的な要因である。すなわち、腎不全は、それ自体重大な疾患ではあるが、加えて、次のような悪影響や作用を生体にもたらすのである。すなわち、第一に、同疾患のもつ尿毒症状態は、生体のもつ創傷治癒機能を障害する作用をもたらし、血中尿素窒素の増加によつて縫合不全をも生ぜしめ、創傷の治療を困難ならしめる。第二に、感染防御力を低下させ、感染症を発症、増悪せしめる。本件でも、後腹腔等に感染を発症、増悪させ、これが縫合不全の一因となつたし、縫合不全に対する炎症限局化作用をも妨害され、更に新たな感染源を発生させることになり、このことは翻つて腎不全を更に増悪させ、かくて一種の悪循環を形成したと考えられる。本件で、大量の抗生剤投与等感染を限局化するための処置が講ぜられたが、その効果は全くあらわれなかつたのも、本件患者の感染防御に関与する細胞機能が著しく低下していたことを示すものである。

このように、本件において、術後死の転帰に至つた要因の最大かつ根本的なものは急性腎不全であり、これに基づく悪影響が複合的・悪循環的に作用した結果、死の転帰に至つたものであり、その影響の程度は、十二指腸穿孔のそれをはるかに上廻るものである。

(2) 急性腎不全の発生原因本件における急性腎不全の発生は、以下に分節して述べるように、既に本人に腎不全に陥り易い身体的状況が存在していたところに、広範な炎症巣形成に基因する「脱水」が生じたことによるもので、右脱水がその中心的役割を演じたと考えられ、このことは急性腎不全発生に関する一般的認識にも合致するものである。

イ 亡正の身体に固有の要因

同人は、その身体に固有の素因として、既に腎不全の普遍的・共通的要因である脱水に陥り易い状態にあつたこと及び腎機能の低下が存した。すなわち、まず同人の体型は、当時身長一六五センチメートル、体重八一・五キログラムと高度の肥満体であつた。脂肪組織はその性質上含水量が少なく、したがつて肥満者は、非肥満者に比べて体重に占める水分量が少ない一方体表面積が大であるため発汗、不感蒸泄による水分喪失は比較的多い。これらの理由で、肥満者は、非肥満者に比べて脱水に陥り易いことがよく知られている。つぎに、同人の腎機能低下がある。すなわち、本件の健康診断で行なわれた亡正の腎機能検査結果によると、PSP試験からみた亡正の腎機能は、正常域の最下限状態にあり、比較的軽度の身体的ストレスにより容易に破綻する可能性を内包していたと認められる。このように同人は、腎不全の普遍的共通的原因である脱水に陥り易い要因(肥満)と、腎機能低下傾向を併有し、腎不全に陥り易い状態ともいうべき素因を有していた。

ロ 病変に基づく要因

本件においては、両側後腹膜腔から縦隔さらに胸膜周囲と、広範囲の炎症巣が手術時すでに形成されていたことが、その後の経過から判明した。これらの炎症巣には必然的に体液滲出が起るので、その広さからみてかなり大量の水分が細胞外液相から奪われ、高度の脱水状態を来していたと考えられる。すなわち、四月二八日手術前の検査値では、赤血球数五九二万(正常値四一〇万ないし五三〇万)ヘマトクリット値五三・三(正常値四〇ないし四八)と明らかに血液濃縮が認められた。なお人間ドック検査時のヘマトクリット値は四五・一であつた。他方この間には、これを補充するために細胞間質液が血管内へと移動しており、さらに一五〇〇ミリリットルもの輸液も行われているのであるから、これらを考え合せると脱水すなわち細胞外液量の減少はかなり大量であつたと考えられる。このように血中への大量の水分補給にもかかわらずなお循環血液量が減少して腎乏血をもたらしたのであつて、本件における炎症巣の拡大は急性腎不全の中核的要因となつていたと認められる。

ハ 術後急性腎不全について

原告らは、急性腎不全の原因として、本件手術を強調するが、原告主張のように「開腹、十二指腸授動、縫合、胆のう摘出」などが主たる要因となつて簡単に腎不全が起こるものであれば、およそ外科治療など成り立たない。逆にその程度の手術で腎不全が起きたとすれば、患者には既によほど腎不全に陥りやすい条件が具備されていたと考えるのが常識である。本件では、術中の乏尿傾向が術後の腎不全に直結していると判断され、少なくとも手術前日夜には腎不全に陥つていたことが無理なく推察されるところである。

(3) 本件における急性腎不全の位置付け

以上のとおり、亡正には高度の肥満による脱水に陥り易い身体的状態が存在しこれを素地として、本件急性腎不全の中核的要因である高度の脱水にまで至つたのは、炎症巣の拡大、広範化によるのであり、その原因が、亡正の自由勝手な行動にあることは前述したとおりである。そうして、炎症巣の拡大形成が急激な脱水を惹起して急性腎不全の発生とその増悪化の原因となり、この急性腎不全が逆に感染症を増悪させていつたという関係でとらざるを得ず、この意味において両者は不即不離の関係にあつたと理解せざるを得ないはずであろう。原告らは、急性汎発性後腹膜炎の危険性を十二分に強調しておきながら、そのような広範な炎症巣によつて必然的に惹起される炎症巣への水分の集中、血液水分の減少、脱水の進行という機序をあえて避け、他の要因による急性腎不全の悪化を強調しようとしているのであつて、これは原告らの論旨の根本的矛盾である。

(六) 縫合不全等について

一般に十二指腸穿孔は縫合不全を起しやすいといわれるが、それも条件によつて異る。損傷の小さなものほど治りやすいことは常識であり、本件も五、六針の縫合で足りる程度の小さな損傷であつて、縫合不全を起すことは通常考えられないものである。しかも、本件の十二指腸損傷自体治癒しやすい条件下にあつたことは前述のとおりである。そして仮に縫合不全が生じても、生体に備わる創傷治癒力、感染防御力によつて、膿瘍が限局化され十二指腸瘻が形成され、さらにこれが自然閉鎖して治癒に至るという経過をとる症例も多いのである。しかるに、本件で右経過をたどらなかつたのは、結局創傷治癒過程を障害する因子の存在、すなわち急性腎不全が存したからに外ならない。つまり本件では急性腎不全こそが縫合不全の原因だったのである。

原告らは、「早期の人工透析により腎不全は治癒されたから、腎不全の全身的悪影響はなくなり、腎不全が縫合不全の原因になつた可能性はない」というが、本件における透析療法で、尿素窒素値は透析開始直後一時的に低下したものの、翌日には再び上昇し、以降も高値を持続したもので、高窒素血症は、透析療法によつても是正されず、むしろ増加の一途をたどつた。これは、組織崩壊による尿素形成が、透析による排除能力を上回つたためであり、またこれが、創治癒を障害し、縫合不全の重大原因と推定されることの妥当性も述べたところである。

なお、縫合不全が、正確にはどの時点で起こつたのかは誰にも判らないが、少なくとも腎不全が発生し、高窒素血症が持続する経過中に起こつたことは、本件の症状経過から明らかなことである。

(七) 要約

以上要するに、本来、本件のような部位、態様の十二指腸損傷ないしはこれに起因する後腹膜炎が発症しても、これらは適切な治療処置によつて治癒に至る経過をたどるし、本件でも十分な加療をなしうる状況下にあつたのに、亡正の自由勝手な行動によつて、炎症巣を拡大広範化させ、さらに同人の肥満体質や腎機能低下等の固有の事由と相まつて、急激な脱水状態を惹起し、急性腎不全を発症させ、これがさらに炎症巣の拡大、感染増悪という悪循環を形成する一方、縫合不全をも招来し、死の転帰をもたらしたものである。すなわち、本件における十二指腸穿孔と死の結果との間には亡正固有の事由(体質的素地、自由勝手な行動)とこれにより生じた急性腎不全という通常の因果経過に介在しない要素が、右結果に対する中核的要因として介在したものであるから、仮に本件が被告阿南の行為によるとしても、その行動と本件死の結果との間に、相当因果関係は存しないのである。

4  過失相殺の主張

亡正死亡の最大かつ根本的原因は、急性腎不全の発症とその増悪化にあつた。右原因を生ぜしめたのは、亡正の身体の固有の要因としての腎機能の低下及び脱水に陥り易い身体状況という素地に加えて、同人が本件検査後医師の注意、指示を無視し、あるいは、敢えてこれらに反して自由勝手な行動を行つて炎症を拡大、広範化させ、高度脱水に至らしめたことによるものである。右の事情は、過失相殺として斟酌されるべき事由というべきであり、右事由の重大性に鑑みると、その過失相殺割合は九割を超えるものというべきである。

四  被告らの主張に対する原告らの主張<以下、省略>

理由

第一亡正のERCP検査から死亡までの経緯について

一当事者間に争いのない事実

請求原因1は、そのうち身分関係を除き、すべて当事者間に争いがなく、また、亡正が昭和五四年四月九日温研病院内科に入院したこと、温研病院での初診医が延永内科主任教授で、主治医は友岡和久医師であつたこと、同月一〇日の後記のテレパーク法及び同月二四日のDIC検査による胆のう、胆管造影が不成功に終つたこと、そこで、被告阿南により、同月二七日ERCPによる胆管造影検査が実施されたこと、その後の同年六月一六日午後八時五分温研病院で死亡するに至つたことは、当事者間に争いがない。

二ERCP検査について

<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

1  十二指腸の解剖学的構造

まず十二指腸を解剖学的にみると、長さ約二五センチメートルの鈎状に彎曲した腸管で、第一腰椎の前右側で胃との接続部である幽門輪に続き、十二指腸球部、上十二指腸角を経て少し右後方に走り(上曲部、以上を第一部という)、次に急に折れて下行し(下行部、第二部)、下十二指腸角で再び折れて脊柱の前(大動脈と下大動脈の前)を左方に水平に走行し(水平部)、少し上向して第二腰椎の前左側まですすみ(上行部、以上を第三部という)、ここで三たび折れて空腸に続いている。大十二指腸乳頭(ファーター乳頭)は右十二指腸下行部のほぼ中央内側壁に位置しており、下行部自体は約七ないし一〇センチメートル前後で、乳頭開口部と下行部下端との距離は、さらに短かく、個体差があるが四ないし七センチメートルに過ぎない。なお、十二指腸は全体として後腹膜腔に位置している。その両端、すなわち十二指腸球部と上曲部は十二指腸間膜により、下行部と水平部は十二指腸空腸ヒダ(トライツ靱帯)により、それぞれ固定されており、その中央部分にあるファーター乳頭はその背後に膵臓をいだいているため可動性がなく、従つて、十二指腸はいかに伸展されても、常に「くの字」型を保つことになり、また、下行部がなんらかの事情で伸展させられても、内側の膵臓に付着している部分は動かず下行部外側のみ過度に伸展させられることになる。

2  ERCP検査の概略

(一) 内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)は、十二指腸ファイバースコープを十二指腸内にそう入し、十二指腸第二部の中間にあるファーター乳頭部を探索し、その開口部から膵臓及び胆のうに通じている膵管及び胆管のいずれかにファイバースコープの先端からカニューレ(細いポリビニールチューブである)をそう入し、膵管あるいは胆管内に造影剤を注入してX線撮影を行い、その形態学的変化から膵あるいは胆管の病変を診断する方法で、いわば内視鏡検査とX線診断を統合して膵、胆管等疾患の診断方法として確立されたものである。逆行性とは、膵液や胆汁の本来の流れに逆らつて造影剤を注入することからきている。

(二) ERCP検査は、外国では一九六八年に成功例をみ、我国では、一九六九年に成功報告がなされ、以来多数の研究者によるERCP検査例が発表され、短期間のうちにその手技が確立され、現在では、多数の施設においてごく普通に実施される検査法の一つとなつている。

(三) 一般にいわれているERCP検査の適応と禁忌についてみるに、まず適応としては、血液・尿の検査、膵外分泌機能試験等のほか、胆のう胆道造影(経口法、静注法)などで慢性膵疾患(とくに悪性腫瘍)が疑われるが確定診断の下せない場合や、胆のうあるいは胆管の疾患が疑われ、かつ経口あるいは静注による胆のう撮影で造影陰性の場合などがある。他方禁忌としては、全身状態不良、重症の心肺疾患、変形や手術後などのためスコープのそう入が不可能な場合、急性膵炎あるいは慢性膵炎の急性増悪期にある場合、重症の胆道感染症のある場合、造影剤、前処置に用いられる薬剤に対して過敏症のある場合などとされる。

3  ERCP検査の手法、操作

(一) ERCP検査の実施方法は、前項(一)に述べたとおりであり、その手技は、一応確立されているが、スコープの幽門輪通過、下行部へのそう入、十二指腸乳頭と膵胆管開口部の発見、同部へそう管しての選択的造影が比較的困難な手技とされている。ことに、上下の各十二指腸角は十二指腸管の屈曲の大きい個所で、スコープそう入の抵抗となり、同所を通過するにはスコープのアングルを強く操作しながら行わねばならず、危険を伴いがちである。検査の所要時間は通常一五分から三〇分である。特に本件で問題となる乳頭発見の方法は、第一は、スコープ先端が上曲部を通過し、下行部に入つてから、腸管内壁にある縦ひだを探し、これをたどる方法が一般的である。縦走ひだの発見個所が乳頭の位置から上、下いずれにあるかにより、同ひだを口側(上)又は肛門側(下)にたどることになる。第二に、同ひだが全く分らないときは、スコープ先端を下行部下端までそう入し、下十二指腸角左側端を口側にたどつて小帯を探し、それをさらに口側にたどり乳頭を発見する方法がある。この第二の方法のときは、スコープの左右アングルを操作して視野を得るが、その際十二指腸壁を過伸展させるので、慎重を要する。乳頭発見後膵、胆管にそう管するには、先ず乳頭開口部を正面視するように被検者の体位、スコープのアングルを調整する。膵管を目的とする時は乳頭開口部を正面視した近接の状態でカニューレをそう管すればよいが(カニューレと腸管壁の角度は四〇ないし七〇度)、胆管を目的とする時は、心もちスコープを奥にそう入し、アングルをアップにして乳頭部を遠景に見上げた位置でカニューレを出してそう管する(カニューレと腸管壁との角度は〇度つまりほゞ平行かないし三〇度)もので、いわば、いつたん奥に入れて下からすくい上げるような方法となる。膵管に比して胆管造影の方が困難である。そう管できたら造影剤を注入しながら、すみやかにX線写真を撮つて行くことになる。文字通り膵液等の流れに逆行して造影剤を注入するので、同剤がすぐに排出されるからである。なお、そう管に際しては、スコープ先端は上向にし、左右アングル(特に右アングル)を使用し、それを固定した状態で行うことになるので、その間外側の腸管壁が前同様過伸展された状態になり、腸粘膜が圧迫される。

(二) ERCP検査でのスコープのそう入の目的は、前記のとおりファーター乳頭開口部へのそう管にあるから、術者は下行部まで手早くそう入することが肝要で、そう入に時間がかかつたり胃大彎を刺激して反射運動を起こさせたりすると十二指腸の緊張は亢進し、蠕動運動や嘔吐反射が活発になり、視野を失つて乳頭を見失つたり、スコープの先端が容易に移動したりしてそう管が困難となる。

蠕動運動は、消化管の内壁が刺戟により収縮し、それが口側から肛門側に向け伝播し、内容物が同方向に送られる運動である。十二指腸等小腸の場合には、腸壁が内側から伸展されると、その部の輪状筋が収縮し、肛門側へ転播して行くことになる。また十二指腸に限つては逆蠕動、即ち口側に伝播する蠕動も生ずる。他方嘔吐反射は、蠕動運動が生じると連動して生じやすくなる。これは上部消化器官の内容物(異物)を口から激しく吐出する一種の防禦的反射運動で、その機序は、消化器官の一部が収縮し、他部が弛緩しながら内容物をより上部の消化器官に送り出すのであるが、その際横隔膜、括約筋や腹筋等も連動して腹腔内圧を高めるなどして一せいに協調して作用するものである。十二指腸においては、その腸管壁に分節状収縮が激しくなり、蠕動運動が亢進し(逆蠕動ではない)、ついで律動性収縮から強直性収縮に変化する。この強直性収縮は時には数分間も持続する。その際胃は弛緩し、十二指腸は収縮するため胃腸内の圧勾配が逆転し、内容物が胃へ押しやられる。なお十二指腸球部、上曲部は十二指腸間膜により、下行部、水平部がトライツ靱帯により、それぞれ後腹膜側に固定されていることから、縦方向への可動性はなく、嘔吐に際しては、いわば十二指腸管を絞りあげるような、いわゆる輪状収縮の形態をとるものである。

4  ERCP検査の合併症(偶発症)

ERCP検査の合併症として、重篤で頻度の高いものとしては、胆管炎、急性膵炎、膵、胆管系の感染症であるが、検査器具による消化管損傷も発症している。たとえば、昭和五三年三月に実施された我国におけるERCP検査に関する六万〇九六〇件の調査結果によれば、そのうち合併症発症例四七九件にも達し、うち器具による消化管損傷は三九例(〇・〇六パーセント)、同例中の死亡例は六例(〇・〇一パーセント)であつた。さらに最近の報告例(昭和五九年一二月)によれば、上部消化管(胃、十二指腸、食道等)検査及び診断における合併症の発生頻度は、胃又は十二指腸ファイバースコープによる通常の内視鏡検査におけるそれが〇・〇〇八ないし〇・〇〇九パーセントに対し、ERCPにおけるそれは〇・一〇八パーセントとかなりの高率を示し、その死亡例も最も多数を示している。合併症の内容をみると急性膵炎、急性胆道感染と並び穿孔がその多数症例となつている。したがつて、これらの合併損傷に対処するため、ERCP検査後は、外来患者にあつては数時間程度安静にして経過観察をした後帰宅させる方法がとられ、強い腹痛や膵、胆管に感染の危険が考えられる時は、緊急に入院させて必要な予防措置を講ずるのが一般的扱いである。

三本件におけるERCP検査に至る経緯及び検査の実施

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1  本件ERCP検査に至る経緯

(一) 亡正は、国際ロータリークラブの大分等四県の統括責任者(ガバナー)就任のためのアメリカ研修を控えて、当時体調に特段の異状を感じていなかつたが、健康診断のためいわゆる「人間ドック」検査の受診を思い立つた。ところで、亡正は昭和三七年、同四三年、同四五年と三回にわたつて温研病院において人間ドック検査を受診していたことから、同病院内科に従前の検査記録を持参して検査依頼をし、その際、あわせて保険診療にしたい旨及び夜は外泊させてほしい旨の申出をし、延永正内科主任教授の承諾を得た。

(二) 亡正の健康診断の主治医として友岡医師が指定され、同医師は、昭和五四年四月九日から同月一三日までの間、一般血液検査等のほか、胆のうについて同月一〇日テレパーク法による造影(胆のうに集中する性質を有するテレパーク剤を経口投与して造影する検査方法)検査を実施した。そして、同月一三日に一応の検査が終了したので、同医師は、亡正に対し、四月一六日再度外来を訪れるように指示したうえ一旦退院させた。

(三) 右検査の結果、胆石症の疑い(テレパーク法による胆のう不造影のため)、高尿酸血症(血液中の尿酸値八・二、正常値は七・〇)、高脂血症(総コレステロール二七一、正常値は一三〇ないし二五〇)、遊離脂肪酸〇・八四、正常値は〇・四ないし〇・六)、不完全右脚ブロック、慢性肝炎の疑い、肥満症(身長一六五センチメートル、体重八一・五キログラム、標準体重五八・五)等の検査所見が得られた。

(四) そこで延永教授は、右検査結果に従つて、同月一六日、亡正に対しその概要を説明し、腎及び肝機能の衰えは老化によるものかもしれない、肥満、高脂血症については食事療法が必要である、高尿酸血症については食事療法とともに尿酸排泄剤の服用が必要である旨指摘した。そして、胆のうについては、テレパーク法による造影が不影だつたことから、亡正の同意を得てさらにDIC(点滴静注による胆のう及び胆管造影法)による検査を行うこととし、その旨友岡医師に指示した。

(五) 同月二四日友岡医師は、DICを実施したが、胆管のみ造影され胆のうが造影されなかつたので、亡正に対し胆のうについてさらに精密検査をする必要性がある旨説明し、亡正の同意を得たのでERCP検査を実施することとし、同日、内科消化器主任織部和宏医師にその旨連絡した。

2  亡正に対するERCP検査の実施

(一) 被告阿南は、温研病院において、織部医師の指導の下に昭和五一年一月からERCP検査に関与し、昭和五四年度からは、同検査主任となり、以来二〇〇例以上のERCP検査経験を有していた。

(二) 織部医師は、昭和五四年四月二七日午前一一時ころ、外来診療に従事中の被告阿南に対し、亡正についてのERCP検査実施を依頼した。被告阿南にとつては、同検査担当日は火曜日のみであつて、同日は外来の診察日に当り、予定外の臨時の、しかも急な依頼であつたが、これを承諾し、外来の診察終了後検査室に赴き、午前一一時二〇分ころから、ERCP検査器具の点検準備、亡正のDICの際の胆のう造影写真、胃透視写真、カルテ等を検討し、さらに造影剤の過敏性テストを行つたうえで、午前一一時四〇分ころから、左側臥位にした亡正に、十二指腸ファイバースコープのそう入をはじめ、本件ERCP検査の施行を開始した。

(三) ちなみに本件ERCP検査に用いられたファイバースコープは、側視鏡型式のもので、全長一五二〇ミリメートル、視野角は六四度である。スコープの先端部は、直径一一ミリメートル、長さ一七ミリメートルであり、硬質のものではあるがすべりやすくできてもいる。そのアングルを操作することによつて、先端部に接続している彎曲部(長さ四三ミリメートル)を彎曲させ、乳頭開口部にカニューレをそう入するもので、その彎曲角はアップ一三〇度、ダウン一二〇度、左右九〇度である。なお、スコープの側視鏡型式のものは、良好な視野がえられている場合でも、側視鏡(対物レンズ)からスコープ先端まで一センチメートル弱の間隔があるため、先端が腸壁に接触していることがあつて、穿孔が生じやすいとされている。

(四) 被告阿南は、検査を開始し、経口時から下行部上部に入るまでの間は順調にスコープをそう入したが、同部でかなり大きな憩室(内腔臓器の限局性に拡張した部分をいう)を発見したので、そばにいた織部医師にその旨を話してスコープを手渡した。同医師は、レンズを覗いてみたところ、蠕動運動が生じており、スコープの先端が腸壁の粘膜にくつつく状態になつていたので、鎮痙剤であるコリオパン一アンプルを静注させ、その鎮静を待つた。蠕動運動が治るや、再び覗くと憩室が正面にあり、その隣接付近に乳頭開口部を見つけたので、同医師は、同開口部へカニューレをそう管し造影を試みたが、膵管にしか入らず、胆管造影は失敗におわつた。一般に選択的造影にあたり、カニューレが一旦膵管にそう管されると以後胆管には入りにくくなるし、憩室があると膵、胆管の走行に異常をもたらすことがあり、そう管しにくくなることから、同医師は、本件の胆管そう管はかなり困難で腰を落着けてやる必要を感じた。そして、被告阿南が交替してそう管をやり直してみることになつた。

その後、被告阿南がファイバースコープの操作を続けたが、やはり膵管にしかそう管できず、前後約一〇回にわたつて試みるも、胆管へのそう管は成功しなかつた。その間、十二指腸管の蠕動が亢進し、視野確保ができず、一旦発見していた乳頭開口部を見失なうことも一、二回生じ、その後も蠕動運動の亢進は止まず、さらには、そう管のためアングル操作をした際、強い嘔吐反射が起つた。それでこれが鎮静するのを待つた後、さらにそう管しようとした際かカニューレを抜いた際かに、二回目の強い嘔吐反射が生じた。このように蠕動運動が亢進し、強い嘔吐反射が二度にわたつて生じたことや自身も疲労を感じたことから、被告阿南は、ついに胆管の造影を断念し、最後に膵臓のみ造影して、午前一二時三〇分ころ、スコープを抜管して検査を中止した。

(五) 被告阿南の本件スコープの具体的操作は、その本体を左手でもち、送気ボタンは左手指、薬指で、カニューレのそう入及びその角度の変更の際の鉗子起立装置は右手で、アングルの固定は左手親指で押え、それぞれの操作をしていた。本件で亡正の十二指腸管に蠕動が生じ視野確保が困難になつた場合と二回にわたる嘔吐反射に際しては、アングル固定のため押えている左手親指をスコープから離すことにより、アングルの解除を行つていた。

(六) 亡正について、ERCP検査中、穿孔の発生を疑わせる特段の異常はなく、被告阿南は、亡正の腸管に検査器具による損傷を発生させたような感触を持たなかつたし、造影剤が十二指腸からもれ出た形跡もなかつた。

四本件ERCP検査後の経緯及び開腹手術から死亡に至る経緯<証拠>を総合すると、次のとおりの事実が認められる。

1  ERCP検査後開腹手術に至る経緯

(一) 被告阿南は、ERCP検査の写真ができた同日午後一時ころ、検査台上の亡正に対し、胆管が造影されなかつたこと、膵管は異常がないことを説明し、あわせて夕方までの絶飲食及び三時間程度は外来に待機し、安静を保持すること、帰宅するときは主治医の確認をとることを指示し、その後出合つた友岡医師もほぼ同様の指示をしたが、間もなく亡正は、右指示に反して自家用車を運転して離院した。しかし、その帰途腹痛を覚え、午後一時三〇分ころタクシーで帰院した。

(二) そこで友岡医師が亡正を診察したところ、腹部に圧痛及び自発痛を認めたが、腹膜刺激症状は認められなかつたので、術後膵炎の発症を考慮してFOY(抗膵炎剤)及びブドウ糖二五〇ccを点滴し、コリオパン一アンプルを筋注した。その後の午後二時ころから、被告阿南が亡正の処置を引継いだのであるが、右FOY点滴後も腹痛が続いたことから、更にペンタジン(鎮痛剤)及びコリオパンを各一アンプル筋注したところ、一〇分余りしてやつと亡正の腹痛は治まつた。すると、亡正は、再び離院したい旨被告阿南に訴えだしたので、同被告は、同人に対し、術後膵炎が発症している可能性があること及びその危険性を説明し、今は注射で一時的に鎮痛させている旨、従つて病院にとどまり経過をみなければならない旨話したが、同人はこれを聞きいれなかつたので、腹痛が再発したら来院するよう指示し、午後四時ころ同人の帰宅を承認した。

(三) 亡正は、同日午後七時ころ、再度腹痛を訴えて再び帰院し、当直医の轟木医師の診察を受けた。同医師は、ペンタジン一アンプルを筋注し、FOY二アンプルの点滴を開始した。午後八時過ぎころ、連絡を受けた織部医師及び延永医師が相次ぎ来院して診察したが、亡正の腹痛の原因が明確でなかつたので、同医師らが腹部レントゲンの単純撮影をしたところ、一枚のレントゲン写真の上腹部付近に異常な帯状のガス影がみつかつた。しかし、その原因判断が困難であつたことから、同医師らは外科の秋吉医師の来院を求める一方、電話で被告阿南に検査施行中器具損傷にいたるような感触の有無を問い合わせた。しかし、同被告からはそのような感触はなかつた旨の返事を受けた。

(四) 同日午後一〇時ころ、秋吉、友岡各医師が来院し、延永、織部、轟木の各医師と協議した結果、消化管穿孔による腹膜炎の通常生じるはずの横隔膜下の遊離ガス像が明確に認められないこと、検査施行者に腸管穿孔の感触がないこと、腹膜炎の徴候であるデファンス及びブルンベルグ徴候が認められないことから、右時点では急性膵炎の可能性が強いとの判断をするに至り、とりあえず保存的療法によつて経過を観察することにした。

(五) 翌四月二八日になつても亡正の腹痛が持続したので、午前一〇時四〇分ころ、再び腹部レントゲン撮影を実施したところ、この時に至り横隔膜下に明白な遊離ガス像が認められた。更に、午前一一時ころ、温研病院外科辻秀男教授が亡正を診察し、下腹部の試験穿刺を行つた結果膿がでたことから、腸管穿孔あるいは急性膵炎による腹膜炎の疑いがあるとして開腹術を実施することを決定した。

2  開腹手術の実施及び結果

亡正の開腹手術は、同日午後一時五〇分ころから、辻、川口、秋吉の各外科医の執刀により開始された。右手術の結果、十二指腸の第二部と第三部の移行部(尾側屈曲部)に、直径一センチメートル大の穿孔があり、ここから十二指腸内容物が漏出していたこと、同穿孔創は比較的新鮮であり、膿苔もなく、手術前一二ないし二四時間程度の間に形成されたものと考えられたこと、膵頭部はやや腫大し、横行結腸間膜、膵頭部周囲等の脂肪組織の一部に膵液の作用によると思われる壊死性変化があつたこと、右側腹部に混濁せる液体及び壊死性脂肪組織があり、十二指腸後部の後腹膜腔には汚穢緑色を呈する液体の浸潤があり、また小気泡が流出していたこと、右下腹部、横隔膜下部、十二指腸周囲に混濁した液体の貯留があつたこと、胆のうは異常に拡張し、内腔に三個の結石があつて、胆汁は白色胆汁化していたこと、なお、亡正の体表に打撲症、皮下出血等の特段の外傷はなかつたこと等が判明した。そこで、辻医師らは、右穿孔部位を新鮮化して二層に縫合して閉鎖し、胆のうを摘除し、さらに滲出液誘導処置を施して、午後四時三〇分ころ手術を終了した。

3  術後から死亡に至るまでの経緯

しかし、その後亡正は、その翌日には急性腎不全を、同年五月五日ころには縫合不全、後腹膜膿瘍を、同月一三日ころ腹壁開腹創全開を、更にその後感染症の増悪、敗血症、頭蓋内出血を各併発し、ドレナージ術(滲出液誘導)を含む各種の治療の効もなく、同年六月一六日午後八時五分温研病院において死亡するに至つた。

第二本件十二指腸穿孔の原因について

一本件穿孔の部位について

亡正の開腹手術の術者である辻秀男医師作成の手術記録の乙第二四号証の一によれば、同証の十二指腸略図に表示された穿孔部位は、下十二指腸角よりやゝ口側、つまり、下行部(第二部)から水平部(第三部)に移行する屈曲部分のやゝ下行部寄りに記入されているように認められるのに対し、本訴提起後作成された同手術記録の邦訳文である同号証の二によれば、同証の同様略図表示の穿孔部位は、同号証の一に表示の部位より若干水平部側、ほゞ下十二指腸角の位置に表示されているように認められる。然るに、証人辻秀男が証言をした際作成した同証言(第一回)調書に添付の図面によれば、同図面はERCP検査時のX線フィルム(乙第七号証の一)を模写して穿孔部位を記入表示したもので、右フィルム自体立体的に解読しなければならない困難が伴うが、その表示された穿孔部位は、概して見る限りでは屈曲部から水平部に入つた個所に表示されているように認められる。そうして右の各部位を対比すると、乙第二四号証の一と二のそれは、若干のずれはあるがほゞ屈曲部分(下十二指腸角)付近に位置するのに対し、証言調書添付図面のそれは、右各図面と明らかに異つて、屈曲部分を脱して水平(第三)部に位置することが判る。そうして辻証人は、証言調書添付図の表示が最も正しい旨その根拠をあげて供述するが、その第一の根拠とするのは三年以上昔の手術時の印象であるし、第二のそれは、その際穿孔部位の処置時上腸間膜が邪魔になつた記憶をいうものであるが、同膜は移行部の始まる部位あたりから十二指腸を覆うもので、乙第二四号証の一、二の部位をもつてしても、同膜が邪魔にならなかつたとはいえず、第三及び第四の根拠とするのは、前掲乙第七号証の一のフィルム及び後に生じた縫合不全による漏れを検査したX線フィルム(乙第三五号証)からの各所見をいうのであるが、同フィルムから何故そのような所見が窺えるのかの合理的説明はなく、これをそのように解読することは容易ではない。これに本件主張・立証の手続経緯や直後に作成されたものとして客観性が担保される乙第二四号証の一の手術記録に照らしても、同証人作成の調書添付図上の穿孔部位の表示及びこれに関する同証人の供述はにわかには採用しない。しかし、いずれにしろ、同証人も本件穿孔部位が第二、第三部の移行部に位置するとみてよいことは繰返し供述するところであり、前掲乙第二四号証の一、二の手術記録にも同部位が「移行部」であることが明記されていることに照らしても、移行部に本件穿孔部位が存したと認めるに支障はない。もつとも、移行部の範囲それ自体厳密に区画しうる部分ではないが、要するに下十二指腸角を中心とする下行から横行への屈曲部分を指称するもので、腸管の外周部分でせいぜい数センチの長さと考えられる。

二本件におけるファイバースコープのそう入そう管の方法、そう入部位

1 被告阿南は本人尋問において、「本件において、乳頭は十二指腸縦走ひだを口側からたどる方法によつて発見した、肛門側から縦走ひだをたどる方法は他の検査例では行つたことがあるが本件では行つてない、(前記第一、二の3に認定の第二の方法である)下行部まで降して小帯をたどる方法はいまだかつて行つたことはない。」旨供述しており、被告阿南の本件検査に用いた手技に関する証拠は右供述のほかは存せず、右供述を覆しうる証拠は存しないから、原告主張のように、被告阿南が右の第二の方法により乳頭を発見する技法を本件で用いたと認定することは困難である。ただ、当初は、織部医師が乳頭を発見したが胆管そう入には失敗して被告阿南に交替した以後は、後に認定の嘔吐反射によりスコープ先端が球部付近まで抜けた時を除き、スコープが十二指腸から抜去された事実もないから、そのそう管を試みる際には、スコープ先端はすでに乳頭より下側に降ろされていたはずであり、乳頭の上部に憩室のあつたことなども考慮すると、被告阿南の乳頭探索は、前記のひだをたどる第一の方法ではあるが、下から口側に縦走ひだをたどるか、上行しながら憩室を目印にして乳頭を探索する方法がとられたものと推測される。従つて、いずれにしろ、乳頭探索それ自体について腸管を損傷するなどの危険な方法がとられた事実は見出し難い。

2  胆管の選択的造影については、<証拠>によれば、乙第七号証の二のX線フィルムは、検査終了の五分前ころ同号証の三及び四と連続的に撮られた選択的造影時(造影剤注入時)のものであるが、スコープの先端は十二指腸管壁を外側に圧迫しているし、下行部の下端、移行部付近までそう入されており、スコープ先端と乳頭とはかなりの距離をおいてカニューレがそう管されていること、従つて、右の各フィルムに現われたカニューレもかなり伸びており(単なるたわみではない)、カニューレを相当長く伸してそう管している状態が窺われること(カニューレが接触により膵管に悪影響を及ぼすことから、乳頭へのそう管部分は抜けない程度に短かくするのが一般的技法である)、造影剤注入はスコープ先端を固定して行うものであること、他方、同号証の一のフィルムにみられるスコープ先端も下行部下端付近まで下降していること、が認められ、被告阿南自身も本人尋問でそれを自認するところである。もつとも、前掲織部証言によると、スコープそう入、そう管時にスコープで腸管壁を圧迫するのはよく使われる一つの技法であるけれども、スコープ先端が腸管粘膜に損傷を与えないために、出来るだけそれに接触させないのが内視鏡検査の基本的技法であることが認められる。また、被告らは、乙第七号証の二のスコープ先端はアングルの固定状態を解放したため、彎曲部が伸直して移行部付近に達しているものであるし、そもそも、被告阿南はアングルをロックする手技はとらず、先端が腸管に当ればすぐ戻るようなアングルの使い方をしている旨主張し、同被告もその旨供述するが、他方、同被告はカニューレを起立させてそう管し、造影剤を注入している際にはアングルをある程度固定させる必要があり、その際アングル自体を操作している旨、また、乙第七号証の一のフィルムにみえるスコープ先端は、真直ぐ伸びてしまっているのではなく、少し伸された状態に止る旨供述していることや、スコープの手法を説く前掲乙第一三ないし第一五号証の各二、第三四号証、甲第五六号証の記載内容に照らしても、右の主張、供述は措信しない。

右の事実及び前記第一、二の3に認定の事実によると、被告阿南は、胆管の選択的造影に際しては、スコープ先端を第二、第三部移行部付近まで降し、ここからアップ及び左右アングルを使つて(腸管壁を圧迫することになる)乳頭を見上げる形をとり、そこからカニューレを出して腸管内側と水平にして上げたり、管壁に接触する状態で伸ばしたり、色々角度や方法に変化をつけながら乳頭を真下からすくい上げる形でそう管したものと推認される。

3  本件における蠕動及び嘔吐反射とファイバースコープ操作

前記第一の三、2の(四)に認定のとおり、本件ERCP検査においては、第一回目の選択的造影以前の時点から、すでに亡正に蠕動運動が生じ、鎮痙剤静注して後検査を続けたが、その後も蠕動運動の亢進をみ、さらに二回の嘔吐反射が生じているのである。そうして<証拠>によると、乙第七号証の二のフィルムに写るトライツ靱帯付近には腸管収縮がみられ、選択的造影中に蠕動運動が生じたものとみられること、そのフィルム撮影前にすでに第一回目の嘔吐反射があり、かつ撮影後も選択的造影を続けるうち蠕動の亢進が強くなり、ついに第二回目の嘔吐反射が生じたこと、その際、同反射によつてスコープ先端が十二指腸球部まで抜けるように押し上げられたこと、それでも、最後にもう一度そう入し、胆管そう管を試みたが失敗し、検査を終えていることが認められ、右認定を左右する証拠はなく、右事実によれば、被告阿南は蠕動の亢進やこれが徴候となる嘔吐反射の反覆にも拘らず、検査を継続したことが認められる。

三ファイバースコープによるERCP検査時の腸管損傷の危険性について

<証拠>によれば、十二指腸ファイバースコープは、柔軟な器機であるとはいつても、胃内視鏡に比して軸部の弾性やアングルが強く、また先端も硬質のもので造られているから、生体にとつてはやはり硬度のあるもので、十二指腸内壁に接触すれば何らかの影響を及ぼすものであること、その視野も胃内視鏡に比して近視的となるし、ことに屈曲部付近は一層近接像になるうえ、側視鏡であるため視野の方向とスコープ先端とは九〇度のずれを生じること、つまり腸管が十分に観察されている時点では、その先端は視野と異る方向に腸管壁を過伸展させていることになり、そのままスコープをそう入する等しては危険であること、従つて、スコープの操作においては、単に視野に見える部位のみでなく、スコープ先端の位置、方向、アングルの屈曲状態等々の各要素を完全に把握して行わねばならないこと、そう入時や選択的造影を行うため乳頭開口部を正面視する時などにはアングルを使用するが、特に左右アングルは腸管壁を過伸展するので、アングルをかけた状態でスコープのそう入や抜去は慎重を要すること、十二指腸粘膜は比較的薄く、亡正のように老令の者は萎縮により一層薄くなるし、ERCP検査時に視野確保のため送入される空気によつて腸壁が脹らむと当然管壁は薄くなること、腸管壁は嘔吐反射が生じるとスコープと急激に接触することになり、就中その際アングルを使用し、しかも固定された状態にあると強く接触することになり、ひいては腸管を損傷する可能性を生じ危険であること、蠕動の亢進時にも、スコープ先端と腸壁の接触を生ずる可能性が強いこと、そうして、スコープを十二指腸奥に入れたり抜いたりして操作を反覆すると腸管壁を擦ることになり、少くとも腸粘膜を損傷する危険があること、したがつて、スコープ先端はできるだけ腸管壁に接触させないのが基本的な技法であること、昭和五九年一二月の報告例(甲第六八号証)によれば、上部消化管内視鏡診断における偶発症のアンケート調査結果によると、穿孔を生じた六九例中二四例がERCP検査によるもので、検査方法中最も多い数値となつていることが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右事実によれば、十二指腸ファイバースコープは、それ自体生体にとつて異物であり、腸内壁に接触することにより腸粘膜を損傷する危険があるうえ、操作の技法上、腸管壁を過伸展させながら操作する必要もあり、時には蠕動、嘔吐反射等が発生し、一層危険を増大することになると考えられる。そうして、現実にERCP検査による合併損傷としての消化管損傷の症例をみることは、前記第一、二の4に記載するとおりである。

四穿孔原因についての温研病院医師団の認識

本件ERCP検査後、亡正が腹痛を覚え開腹手術をしたこと、その結果本件穿孔が発見された経緯については、前記第一、四の1及び2に認定のとおりであるが、右認定事実に加えて、<証拠>によれば、温研病院の延永教授を初めとする内科医らは、腹部レントゲン写真に亡正の横隔膜下の遊離ガスを確認し、外科の辻教授に試験穿刺を行つてもらつた結果膿が出たことから、急性膵炎のほか腸管穿孔の疑いも抱くに至り、亡正の処置を外科医に委ねることとしたこと、そこで辻教授を中心として、直ちに亡正の開腹手術が実施された結果、本件穿孔が発見されたこと、術者の辻教授は、穿孔につき、術前二四時間位にERCP検査が実施されたことと、本件穿孔がその部位、性状からみて、右検査に用いられたファイバースコープによつて生じうるものと判断し、右手術記録である乙第二四号証の一に、「よつて、十二指腸ファイバースコープによる十二指腸屈曲部の後腹膜部穿孔……と考えられた。」旨の所見記載をなしたこと、術後、辻教授は原告長野厚らに対し、手術結果を説明しながら「若い者がやつたことで大目にみてくれ」と述べたこと、友岡及び織部(消化器系主任)の各医師も病室にいた亡正の家族に対し、穿孔を生じさせ申訳けない旨の謝意を述べていること、被告阿南も同日午前のX線フィルムに現われたフリーエアーをみて、これが穿孔によるものならば本件ERCP検査の結果と思いショックを受けたこと、亡正死亡後の昭和五四年六月二六日付で同外科医川口満宏名義で作成された「入院証明書(診断書)」と題する書面には、入院の原因となつた傷病名として「急性腹膜炎」と、更にその傷病の原因として「十二指腸ファイバースコープによる腸管損傷の疑」と記載されており、同書面の作成に関しては、同医師と辻教授とが協議のうえ作成したものであり、この時点でも辻教授らは右の記載のとおり考えていたこと、しかし、その後、本件争訟が生じてから、辻教授を初め温研医師団で十二指腸穿孔について研究を重ね、交通事故等鈍的外力による穿孔の可能性があることを探究して後、本件ERCP検査との関係を否定する医師も出現するに至つたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右事実によれば、本件穿孔について、温研病院の外科医ら(辻、秋吉、川口医師ら)は、本件開腹手術後、早くとも昭和五四年六月末ころまでは明確に、遅ければ本訴提起のころまでの間、その穿孔の原因が、ERCP検査中、その器具であるファイバースコープによつて惹起されたものとの認識を持ち、それに従つて行動したものと認められ、同病院の内科医ら(延永、織部、友岡医師ら)もまた、外科医の見解に従つて、右同様の期間、同様の認識を有していたものと推認される。被告らは、同医師団の認識は、当時の単純かつ限定された条件下で、格別の医学的知見ないし経験則に基づくものでもなく、ごく一般社会人の推測の域と大差のない推論に基づく認識にすぎず、その後の調査、研究によつて知りえた多くの知見、経験的事実によつて右推論及び認識が実体に則していないことが判明してきたものである旨主張する。被告らの新しい認識、推論の当否は別項で述べるとして、少くとも、亡正の開腹手術後本訴提起のころまで、亡正の治療に関与した温研病院の医師団の殆んどが、本件穿孔をファイバースコープによるものとの認識を持つていた事実そのこと自体は否定できないし、加えて、右認識は、医師として極めて高度の学問的臨床的水準にある国立大学医学部の教授らによる手術その他の診療行為の結果得られたものであり、一般社会人の推論と同一視するのは甚だ首肯し難いところである。

五本件十二指腸穿孔の原因の検討

以上及び第一に認定の事実に照らし、亡正の十二指腸穿孔の原因について以下に検討する。

1  第一に、亡正に関し、健康診断の一環として受検したに過ぎないERCP検査の終了後一時間足らずのうちに、検査前存在しなかつた腹痛が突然生じ、間もなく、消化管穿孔にみられる遊離ガス像がX線フィルムで確認され、その約二四時間後に実施された開腹手術において、本件穿孔創が発見、確認されていること、その際同穿孔創は術前一二ないし二四時間程度の間に形成されたとみられる比較的新鮮な創口であつたとの所見が得られてること、後に判示するとおり、右時間内あるいは本件ERCP検査の前後において、鈍的外力その他本件部位に穿孔を生じさせるような外力が、亡正に加えられた形跡が認められないこと等の事実が存するところ、これらの事実からすれば、特段の事情のない限り、通常人の経験則をもつてしては、亡正に生じた本件穿孔が被告阿南による本件ERCP検査中に生じたものとの強い推論が働くことは否めないところであり、これは臨床医療の専門家であり右の手術者である温研病院の医師らの現に推論、診断したところである。

2 ところで、本件検査にはファイバースコープが使用されたもので、前記三で認定のとおり、その先端部は硬質のもので造られており、生体に対してはやはり硬度のあるもので、十二指腸内壁に接触すれば無影響ではありえず、時には腸管粘膜を損傷させる危険性をはらむものであること、従つて本件穿孔を生じさせる可能性のある器具であるところ、本件検査においては、他に同穿孔を生じさせるような器具や外力の存在は認めえないから、本件穿孔は、右ファイバースコープの先端部によつて生じたものと推認せざるをえない。

3 そうして、前記認定のとおり、本件穿孔部位は、下十二指腸角を中心とする第二、第三部移行部にあり、そう管口である乳頭開口部から僅かに四ないし七センチメートル第二(下行)部を降つた個所にある。他方、前記のとおり、選択的造影ことに胆管造影を行うため右乳頭開口部にカニューレ(造影剤注入用の管)をそう管するためには、下行部の中ほどにある右開口部よりさらに奥にスコープをそう入し、下からすくい上げる形でそう管を試みるのであるが、その際、スコープの先端部(側視鏡内臓部分、長さ一七ミリメートル)は、これに接続する彎曲部(長さ四三ミリメートル)を上方に彎曲させて、乳頭開口部を見上げる形となるのであり、その必要な深さまで下行部奥にそう入されるのである。それがそう管終了後や開始前には先端部の屈曲状態が解除(フリー)されて伸直状態にされると、下十二指腸角付近まで同先端部の先端が達している可能性がある。また前述のように乳頭開口部から下行部下端、下十二指腸角付近までは数センチの間隔しかないから、同開口部より奥にスコープを降している場合には、本件スコープが先端方向の視野を確認しにくい側視鏡タイプであること、その先端部の対物レンズから真の先端まで一センチメートル弱の長さがあること、さらに、スコープ自体が柔軟性があるため先端が予想外の場所に行くこともあることなどのため、スコープの僅かな操作によつて、スコープ先端が下十二指腸角付近に届くことは容易にありうるもので、現に本件では、証拠上かかる部位まで達しているものと認定しうる腹部フィルムが存することは前記二に判示のとおりである。

4  したがつて、本件において、ファイバースコープの先端が本件穿孔部位に接触する可能性があるものと考えられるところ、下十二指腸角は、腸管が下行から水平へと屈曲し、その走行が捻れた状態となつていて、スコープ先端に対する抵抗部位をなし、ここを通過させるにはさらにスコープのアングル操作等を要するものであるから、単に胆管へのそう管を失敗しアングルが解除されたため伸直状態にあるにすぎないスコープの先端は、下十二指腸角付近で止まつて同付近の腸管壁に接触してる場合も生じる。その状態で再び胆管そう管を開始する際には、まずアングルを操作して同付近にあるスコープ先端をアップの状態にすることから始まるが、その時、先端が腸管壁に接していれば、その内壁を擦り上げる形でアップされるし、その後乳頭開口部を正面視するためスコープの左右アングルを強く使うため腸管壁を過伸展させる状態も生ずる(現に前掲乙第七号証の二のフィルムは、スコープ先端が下十二指腸角付近外壁部分を伸展させている状態とみられることにつき前認定のとおりである)。つまり、本件では、前後一〇回位も胆管そう管を試みられているし、術者の意図に反して膵管ばかりにそう管されたので、その都度そう管の角度や方法があれこれ変えられながら試みられたものとみられるから、スコープ先端は、無意識に、時には意識して下十二指腸角まで降されたり、持上げられたり、上下アングルが使用されて先端が動かされるなどの操作が反覆されるうち、先端が同所付近の腸管内壁を擦る状態も生じ、これに右過伸展によつて腸壁が薄くなつてることも加わつて、同内壁に損傷を生じる可能性のある状況が作られたものと推認することができるのである。

この点に関し、被告らは、スコープは下行部奥にそう入するほどその先端を彎曲させるし、そう管や造影時も同様であるから、その先端は本件穿孔部位から遠ざかるうえ、スコープの力はこれと反対方向に作用することになるので、スコープの操作により本件部位に穿孔を生じることはない旨主張するが、スコープの彎曲は、アップで一三〇度、つまり伸直状態から五〇度アップするのを限度とするもので、決してU字型に屈曲されるのではなく、乳頭開口部の位置も考えると、やはり、先端は、アップの状態でもいずれかというと下斜方向を向いているのであり、腸管の蠕動、嘔吐反射時などの収縮状態も考えるとき、所論のように必ずしも下十二指腸角付近(下行部下端)と反対方向にのみスコープ先端の力が常に加わつているものとは考え難い。

5  このような状況下で、本件のように強い蠕動運動の亢進がみられると、前認定のとおり、右運動の影響により、スコープ先端が移動しやすく視野も確保しにくくなり、術者の自由自在の操作に支障を生じるうえ、これを徴候として生じる嘔吐反射による収縮は、強直性の急激な収縮であり、他の消化器管や周辺筋肉との連動によつて、全体として内容物を口側に吐出する作用をするのであるから、腸管内異物であるスコープを口側に押し出そうとする力が働くのであり、より具体的にはスコープ先端に対して瞬間的にこれを絞り上げるような力が作用するもので、前記のとおり、現に本件での第二回目の嘔吐反射の時には、下行部下側にあつたとみられるスコープ先端が上曲部、上十二指腸角を通つて球部まで一気に抜け上がる事態も生じているほどであり、このような嘔吐反射が生じた時、それが胆管造影やそう管時であり、したがつてスコープ先端はアングルがかかり固定されて腸壁に接し、そのため腸壁は腸管外側に向け過伸展されて薄くなつている状態にあると、薄くなつた腸壁にスコープ先端部が強く接触し、腸壁を損傷し、場合によつては穿孔を生じさせることも十分考えられるのである。そうして本件では、蠕動運動の強い亢進が度々あつたし、嘔吐反射も二回生じているのである。

この点に関し、被告らは、嘔吐反射時の腸管の収縮が輪状収縮であるから全体を包み込む形となつて局部的に力が作用することはない旨主張するが、たとえ十二指腸自体は輪状の収縮であつても、他の器官と連動し腸管内の異物を絞り上げるように急激に収縮するのであるから、異物に対するある程度の力が加わることは否定できないし、スコープ先端に逆方向の力が加わつていれば、同収縮がその抵抗となることは否めないところである。また被告らは、嘔吐反射が生ずると、直ちにアングルを解除し柔軟に対応するので腸管等に対しスコープ先端により力が加わることはない旨主張するが、被告阿南自身も本人尋問で供述するとおり、「嘔吐反射は、その際急にスコープの視野が失なわれ(そのため)同反射が生じたのを知覚する。」のであり、したがつて、嘔吐反射の発生の瞬間から術者が気付くまでのある時間帯における同先端と腸壁との強い接触は回避できるものではないから、右いずれの主張も相当とはいえない。

敍上のように、本件においては、まず通常人の経験則をもつてして、亡正の十二指腸穿孔が被告阿南による本件ERCP検査中に生じたものと十分推認するに足りる客観的状況が存在する。そうして、右検査中に生じたものであるならば、認定事実に照らし、同検査器具であるファイバースコープによつてその穿孔を生じさせたものとしか考えられないところである。ただ、右ファイバースコープの如何なる操作と十二指腸の腸管または腸管の運動とがどのように絡み合い、如何なる機序によつて穿孔を生じせしめたかを断定的に認定し、あるいは推認することは実際のところ困難である。しかしながら、右ファイバースコープは、その操作と十二指腸側の反応や活動次第では、腸管壁に穿孔を生じさせるに足りる器具であること、本件においても、敍上のとおり、穿孔を生じうるようなスコープの操作がなされ、蠕動運動の亢進や嘔吐反射等の十二指腸の活動も盛んに生じていて、スコープによつて本件穿孔部位に穿孔を生じる可能性がかなりの程度をもつて存在したこと、そうして、本件穿孔原因につき被告らの主張する交通事故等の鈍的外力説も採用し難いことは後述のとおりであるし、本件では、他にその原因となる事由は全く見当らないこと、つまり、本件穿孔がERCP検査中に生じた高度の蓋然性が存し、同検査器具であるファイバースコープの操作次第で腸管に穿孔を生じうる可能性が存し、かつ、本件においても、その穿孔が生じうるような操作がなされるなど穿孔発生可能な具体的状況下にあり、しかも、他に穿孔原因が発見しえないという事実関係のもとにおいては、たとえ、その穿孔の機序の詳細が判然としたものでなくても、経験則上、本件穿孔は被告阿南の本件ERCP検査におけるファイバースコープによつて惹起されたものと推認するのが相当である。従つて、亡正の本件十二指腸穿孔と被告阿南の本件ERCP検査行為との間の因果関係を肯認することができる。

六被告らの穿孔原因に関する主張について

1  被告らは、先ず、十二指腸のファイバースコープ等検査器具による損傷例は極めて稀であるうえ、健常な十二指腸について、第三部ないし第三部に近い第二、第三移行部に穿孔が生じたとの報告は一例もなく、本件穿孔はファイバースコープによつて生じたものではない旨主張する。たしかに、証人延永及び同織部の各証言によりその成立が認められる乙第二七号証の一ないし九、前掲乙第一一号証の二によれば、ERCP検査の先駆者春日井達造博士が昭和五三年三月三日に日本国内の医療施設で行つたERCP検査による合併症の調査の結果、実施数六万〇九六〇例中三九例に器機による消化管損傷がみられ、そのうち十二指腸穿孔例八例があつたこと、本件係属後、被告において右八例につき調査した結果、その穿孔部位は第一部に二例、第二部上部に三例、第三部から空腸にかけて三例がみられるが、右第三部の症例は、いずれも胃と空腸の吻合手術を行つた例にみられたもの、他の五例についても、潰瘍、腹膜癒着、膵頭部癌とが存在した症例で、正常な粘膜を有する十二指腸の例は見られなかつたことが認められる。しかし、春日井博士の右統計数も、被告が行つた調査も、いずれもアンケートに対する回答という形で行われたものであつて、ことに前者については七二・六パーセントの回答率の数値に基づくものであり、このような場合一般的にいつて、施行者に帰責されるような健常な十二指腸の損傷症例についての回答は得にくい状態が推測されるし、そのようなうずもれた偶発症例が多数存在するであろうことは、成立に争いのない甲第七号証の論文においてERCPの権威者竹本忠良教授も指摘するところである。また、穿孔部位についても、証人辻の証言(第一回)によれば、物理的、解剖学的に、第二、第三部(本件部位付近)にも生じてもおかしくないことが認められること等に照らしても、被告調査の右八例の部位、病変の存在等をもつて、所論のように本件部位付近及び健常な十二指腸の場合に、スコープによる穿孔を生じないものと即断することはできないものと考える。

2  次に、被告らは、交通事故等鈍的外力による外傷性十二指腸穿孔の発生部位が、第二又は第三部等十二指腸の中間部でかつ後腹膜側に集中し、しかも健常な十二指腸にも発生していることに照らすと、本件は、まさに右の場合に該当するもので、亡正がオーナードライバーであつたことからして、本件穿孔は交通事故に起因する外傷性の穿孔である旨主張するので、この点につきここで検討を加えておく。

原告長野厚本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、亡正が日常自家用自動車を愛好し、運転をしていたこと、本件ERCP検査のためにも当日自ら車を運転して登院し、検査後の第一回目の離院時も同様車を運転して帰つたことが認められる。また、<証拠>によれば、鈍的外力、ことに交通事故におけるハンドルによる打撲等において、十二指腸に穿孔、破裂等の損傷が生じること、その部位は十二指腸の全部位にまたがり、かつ後腹膜側に生ずるのが特徴的であり、健常なそれにも生ずることが認められ、大部分が腹腔側に生じている器具による損傷の場合と対比的であることが認められ、被告らの右主張も一理あつて首肯しえなくはない。しかしながら、先ず第一に、本件においては、亡正に交通事故その他鈍的外力を受けたと認めるに足りる事実がない。証人吉川清士の証言中には、交通事故の発生を疑わせる供述部分も存しないわけではないが、単なる噂を語るにすぎず、到底交通事故の発生を認めうるに足りるものではない。却つて、前認定のとおり、本件検査(昭和五四年四月二七日午前一一時四〇分開始)から丸一日後の同月二八日午後一時五〇分から四時三〇分の間になされた亡正の開腹手術の結果によると、亡正の本件穿孔は、穿孔時から一二ないし二四時間を経過したと推測される新鮮な穿孔であつたもので、証人友岡の証言、被告阿南本人尋問の結果によれば、右時間内で亡正が自由に行動した直後に相当するERCP検査前及び第一回離院時(第一回の帰院以後は亡正はタクシーで行動し、自ら運転していない)のいずれにおいても、万一遭遇しているのならば告げて然るべきはずの交通事故等の事実を、検査や診療に当つた医師らに全く告げた事実がないことが認められることや、<証拠>によれば、亡正の開腹手術において、同人には、交通事故等鈍力外傷を受けた場合に通常発症する体表の打撲傷その他の副損傷や十二指腸周辺組織の損傷等合併損傷が確認されていないことが認められ、これらの事実に照らすと、亡正の本件穿孔が交通事故によるものとすることはできない。もつとも被告らは、いわゆるクローズドループタイプの損傷を主張するもので、<証拠>によれば、十二指腸が一種ののう(袋状)状態になつたところに、限局された外力が加われば、僅少の外力で十二指腸に穿孔を生じるものであること、その際には、副損傷が存しないか存していても看過されるほど軽微なものである場合もあることが認められるが、他方右証拠によると、クローズドループを生ずるには、トライツ靱帯の十二指腸への限局的付着(全人口の四・三パーセントの人にみられる)を有する患者であることなど、所与の厳しい条件下において、初めて生ずるもので、その発生率は極めて稀な場合に限定されるものであること、前掲乙第二四号証の二の開腹手術記録においても、亡正にそのようにトライツ靱帯が十二指腸と限局的に付着していた事実は確認されていないことが認められ、これらの事実に照らせば、本件においても、クローズドループによる可能性を全く否定することはできないけれども、前記本件発症の前後の状態にも併せ考えると、右は単に自然科学的可能性として考えられるという範囲に止まり、本件において有意的な可能性とするには足りないと考える。

第三本件十二指腸穿孔と亡正の死亡との因果関係について

一本件の因果経過

本件ERCP検査後死亡に至るまでの経緯については、前記第一の四、第二に認定のとおりである。その概略は、本件ERCP検査によつて亡正の十二指腸に穿孔を生じ、同人は、右検査終了後一時間位して腹痛を覚え、そのため同日夕から入院し、翌日開腹手術を受けて本件十二指腸穿孔を発見され、その縫合や胆のう摘除の手術を受けたが、術後一日目には急性腎不全を、七日目に縫合不全、後腹膜膿瘍を、一五日目に腹壁開腹創開、その後更に感染症の増悪、敗血症、頭蓋内出血等を併発し、四九日目に死亡するに至つたというのである。そうして、<証拠>によれば、亡正の右腹痛の原因が十二指腸穿孔による急性腹膜炎であること、甲第五三号証の死亡診断書には直接死因を呼吸不全、その原因を「腎不全」、そのまた原因を「急性腹膜炎」と、同じく死亡診断書である甲第五四号証には死亡の種類として病死、その病名を「急性腹膜炎」との各記載がなされていること、亡正の外科転科時の昭和五四年四月二八日の診断名につき、甲第二三及び第四九号証の一の各カルテともに「汎発性腹膜炎」と記載されていること、右転科及び開腹手術後に急性腎不全の診断がなされ、以後前記のような経過をたどつて死に至ることが認められる。

右の事実からすると、亡正の死に至るまでの主要な因果経過は、十二指腸後腹膜側穿孔によつて急性後腹膜炎を発症し、拡大し、急性腎不全の発症、縫合不全、感染症の増悪、頭蓋内出血等の併発、呼吸不全による死亡という経過とみることができる。

二被告らの因果関係に関する主張について

右の因果経過に対し、被告らは、たとえ十二指腸穿孔やこれによる後腹膜炎を生じても、通常適切な医療処置により、炎症が限局化され、重大な結果に至らずに治癒されるという因果経過をたどるのに、本件では、右経過に反して死の転帰という結果を招来しているのであつて、本件穿孔と死との間に相当因果関係はない。本件で死の結果をもたらすほど予後を悪化させた根本的原因は、急性腎不全の発症であり、その発症の中核的要因は、第一に、亡正の検査後の自由勝手な行動(医療措置の欠如)による炎症巣の拡大、広範化であり、第二に、肥満体質や腎機能低下という同人の個有の体質的要素であり、これらの介在により脱水状態を惹起して急性腎不全をもたらし、ひいては、本件死の結果を招来したものであるから、本件穿孔と死との間には相当因果関係はないし、ましてや、原告の主張するような十二指腸穿孔から急性汎発性後腹膜炎、そして死というような極めて短絡された因果律など存在しない旨主張するので、以下に分節して検討する。

1  まず、十二指腸穿孔及びこれによる急性腹膜炎、さらに汎発性腹膜炎への転帰についてみるに、亡正の急性後腹膜炎が十二指腸穿孔によつて生じたものであることは、前項に認定のとおりであり、右の認定を覆すに足りる証拠はなく、右穿孔と後腹膜炎の発症との間の因果関係はこれを認めることができる。

そこで、十二指腸穿孔による急性腹膜炎の拡大・広範化(これは、とりもなおさず原告のいう急性汎発性腹膜炎と同義である)への因果経過についてみるに、

(一) <証拠>によれば、「一般的に、胃、十二指腸の穿孔による腹膜炎は、多少時間的余裕はあるが、穿孔後一二時間を経過すると腹腔内の細菌検出率が急激に増大し、腹膜炎に伴う病理的変化により、脱水、末梢循環不全、腹腔内の滲出液増加等が起り、その結果ショックあるいはその準備状態となり、穿孔後二四時間で大多数の症例は重篤となるとされている。」(甲第九号証論文)こと、従つて、早期に診断がつき、開腹手術等適切な措置を受ければ予後は良いが、二四時間以上を経過したものは死亡率が極めて高くなること、十二指腸穿孔の場合、ことに本件のような穿孔部位の場合には、前記認定のとおりファーター乳頭開口部に近くかつ十二指腸の最低部に位置するため、胃及び十二指腸液、胆汁、膵液等大量の十二指腸内容物が通過、貯留しやすく、腸内圧も上昇して、穿孔個所から後腹腔に漏出して強い障害を起し、また腸管麻痺のため、下部腸管内の腸液も停滞して口側に逆流し、やはり後腹腔内に漏出して腹膜を刺戟し、腸内細菌による急性腹膜炎を拡大増強するにいたること、加えて十二指腸の後腹膜側は奨膜を欠くため縫合不全も生じやすく、炎症の拡大を招来して重篤化しやすいことが認められ、右事実によると、少くとも十二指腸の本件のような部位に穿孔を生じた結果発症した急性後腹膜炎は、適切な医療処置の点はさておき、一般的にはその炎症巣の拡大・広範化すなわち汎発性のそれへと進展し、死の転帰に至る可能性が十分考えられ、このことは、<書証>の各報告例に表われた死亡率等に照らしても首肯されるところである。

(二) ちなみに、原告らが本件死亡の主たる原因として主張する急性汎発性腹膜炎について触れるに、成立に争いのない甲第五八号証によれば、急性汎発性腹膜炎の分類について臨床上有用なのは、炎症の進展度と拡大度に基づいた分類であり、急性汎発性のそれは、「通常、炎症が必ずしも解剖学的に腹腔内全体に拡大していなくとも、腹腔内の全体ないし大部分に進展し、拡大したものを汎発性ないしびまん性腹膜炎と称している。」とされ、ただどの程度のものを汎発性と判断するかについては困難を伴うこと、「腹腔内の汚染が急速に、かつ大量におこり、腹腔内の腹膜全体に炎症が波及したもの」を急性汎発性腹膜炎と定義づけている学者もいることが認められ、右事実によれば、急性腹膜炎の拡大、広範化した病態をもつて急性汎発性腹膜炎ということが可能であり、これを本件についてみるに<証拠>によれば、亡正の開腹手術時には、十二指腸の後腹膜腔に汚わい緑色を呈する液体の浸潤が、さらに十二指腸周囲、右下腹部及び横隔膜下部に混濁した液体の貯留が、それぞれ確認されていることが認められ、これに前記転科時のカルテ(甲第四九号証の一)の記載によれば、現症歴欄に「フリーエアーを認め、汎発性腹膜炎と診断され外科に転科」との記載がなされていることが認められること及び弁論の全趣旨に照らすと、亡正に発症した急性後腹膜炎は、その後急性汎発性後腹膜炎へと進展したものと認定することができる。

2  被告らは、しかしながら急性腹膜炎であつても、適切な医療処置により通常はその炎症が限局化され、人体の細菌に対して有する防禦機能と相まつて炎症の拡大化に至らないところ、本件では、亡正において、右の適切な医療処置を受けえたのに、ERCP検査後被告阿南らの指示を無視し、自由勝手な行動をとつたことと、これにより右医療を受けえなかつたため(すなわち医療の欠如)、炎症巣の拡大・広範化をもたらし、ひいては本件重大な結果を招来した一要因と主張する。

(一) そこで、亡正の検査後の行動(被告らのいう自由勝手な行動)についてみるに、

(1) ERCP検査後の温研病院の医師らの亡正への指示及びその後入院するまでの間の亡正の行動については、前記第一の四、1に認定のとおりである。また、前掲証人延永、同織部及び同友岡の各証言並びに被告阿南の本人尋問の結果によれば、温研病院の消化管グループにおいては、ERCP検査後のいわゆる術後管理として被検者を入院させる措置はとらず、三ないし四時間の経過観察をすること及び痛みを訴える患者のみに対し血清アミラーゼ値の検査をして術後膵炎に対応する方法を採つていたことが認められ、被告阿南や友岡医師も右方針に副つて亡正に指示を与えたものと認められる。そうして、亡正が右の安静保持及び外来待機の指示に反して、暫時院内待機して後、自ら車を運転して離院したことも前記認定のとおりである。

(2) さらに、前認定のとおり、亡正は勝手に離院したものの間もなく腹痛を起し、同日午後一時三〇分ころ温研病院に帰院した。その際の亡正の状況は、前掲証人友岡医師の証言によると、自ら車を運転できなくなりタクシーで帰院したもので、顔色は苦悶状を呈し、苦痛を訴える状況であつたことが認められる。それで、亡正は、友岡医師及び被告阿南から、前認定のように、急性膵炎の疑いをもつて鎮痛剤や抗膵炎剤及び補液の各投与を受けるなどした。その結果約二時間余りして痛みが治ると、また帰宅したい旨いい出し、被告阿南から術後膵炎の発症した疑い及び現時点の腹痛の寛解は薬効による旨の説明を受けながら、これを聞き入れず、同日午後四時に離院したというのである。

(3) またさらに、亡正の飲食物の摂取についてみるに、前掲証人友岡、同辻(第二回)の各証言及び弁論の全趣旨によれば、亡正は、被告阿南から絶飲食の指示を受けながら、検査終了直後検査室から出るや、外来に置かれた自動販売機からジュースを購入して飲もうとし、偶々通りかかつた友岡医師に制止されたこと、検査当日は朝から絶飲食をしていることが認められ、これに、亡正は、その直前には一時間近くもファイバースコープを上部消化管内にそう入され続けたこと等の事実をも併せ考えると、検査後亡正に強い口渇感が存したであろうこと(乙第四号証の七のカルテにはその旨の記載がある)は十分推測でき、右口渇感に誘引される水分の摂取は、生体の基本的欲求であつて、これを制禦するのは容易ではないと考えられること、これに医師の指示に反しあえてジュースを飲もうとしたことや同じく離院したことなど亡正の行動傾向にも照すとき、亡正は第一回離院後、食事はさておき、少くとも水分等の摂取はこれを行つたものと推認するのが合理的である。なお食物の摂取については、これを認めうる証拠はなく、却つて<証拠>によれば、浣腸による便の反応が否定されていることや、レビン管そう入によるも胃内容物が存しなかつたことが認められ、この事実に照らし、食物の摂取は存しなかつたものと認めるのが相当である。

以上のように、亡正の医師らの指示に対して従順でない行動(以下「亡正の問題行動」という)が肯認されるのである。

(二) そこで、亡正の問題行動と急性後腹膜炎の拡大、汎発性化の関係についてみるに、右拡大の機序については前記1の(一)に認定のとおりであり、この事実に<証拠>を併せみると、右拡大化のためには、当然後腹腔に漏出すべき十二指腸内容物の存在を要するのであり、本件の場合、ERCP検査のため亡正は同日朝から絶飲食していたとみられるから、消化液等の十二指腸内容物以外は亡正の十二指腸に存在しなかつたものとみられるので、亡正の前記検査後の水分等の摂取は当然右内容物を増加させるのみならず、その刺戟によつて消化液等の分泌を亢進させるとともに、これらを後腹腔内に漏出させ、これらの化学的刺戟等による炎症反応や細菌感染によつて炎症の拡大に寄与したし、同内容物の増大は腸内圧を亢進させ、内容物の漏出、拡散を助長することになつたこと、他方亡正の問題行動における安静不保持、すなわち、車の運転や病院外での諸行動は、安静保持時におけるより以上の呼吸活動を随伴することになり、これは吸気時の胸腔内陰圧に影響を与え、後腹腔内の炎症巣を縦隔等へと拡大する作用をもたらしたことが認められる。したがつて、亡正の行動が同人に発症した後腹膜炎の拡大、広範化にある程度の影響を及ぼし、これに寄与した事実は否定できない。

しかしながら、罹患者の特段の行動や特異体質が存在しなくても、急性腹膜炎が拡大、汎発性化するに至る可能性が高いことは敍上のとおりであつて、亡正の問題行動があつたからといつて、本件穿孔行為による後腹膜炎の発症とその汎発性化の因果関係を否定することは相当ではない。

(三) もつとも、他方被告らは、亡正の問題行動が本来適切な医療処置による後腹膜炎の限局化、治癒の機会を失しさせたという点をも問題とするところ、<証拠>によれば、穿孔性腹膜炎であれば、可能な限り早期に診断を下し、直ちに開腹手術をして穿孔部に適宜の処置を加えることが必要とされているし、穿孔あれば全例が手術適応とされていること、本件においても、最終的に穿孔性腹膜炎の疑いを強めた段階で直ちに開腹手術を実施していることが認められ、被告らのいう本件における適切な医療処置も結局のところ開腹手術に尽きるものと考えられるのである。これに反する乙第四二号証の二の保存的療法による治癒症例の報告は、内視鏡的乳頭切開術における合併症例についてのもので、右認定を左右するものではない。

しかるに、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

(1) ERCP合併症として最も頻度の多いものは、胆管炎と並んで急性膵炎があげられること、急性膵炎の診断も必ずしも容易ではなく、またこれと穿孔性汎発性腹膜炎との識別は重要であり、その識別基準としては、臨床症状やアミラーゼ値等の化学検査所見によつてなすほか、特に腹部単純X線フィルムによつて腹腔内等の遊離ガス(フリーエアー)の存在(その穿孔の証明率七〇パーセント、ガスの存在は即手術適応とする文献もある)、あるいはガストログラフィン(水溶性造影剤)による造影等によつてこれをなしうる。但し、穿孔性後腹膜炎の発見は必ずしも容易ではないし、急性膵炎のそれも難しいため、識別困難なときは試験的開腹手術を適切処理とする考え方もある。

(2) 本件においては、亡正が腹痛を覚えて第一回目の帰院をした際、その治療に当つた友岡医師も、これを引継いだ被告阿南も、その臨床像やERCP検査の合併症として生ずる頻度からみて、まず術後性急性膵炎を疑つてFOY(抗膵炎剤)の投与等の治療をした。亡正の第二回帰院後は、内科の延永教授や織部医師、友岡医師らが集つて協議した結果も、急性膵炎の可能性が一番強いとの結論となつたが、そのころ撮つた単純腹部のX線フィルム(乙第八号証)に現われた上腹部に斜走するガス状陰影の読解に苦慮し(急性膵炎であれば右のようなガス像は現われないであろうし、同医師らは、穿孔が生じてればそれは腹腔側に生じていると考えていたことから、横隔膜下にガス像が出現するはずと考えたことによる)、穿孔の可能性も留保して、外科医師の応援を求めた。間もなく同科の秋吉医師が登院し診察したうえ内科医らと協議したが、やはり穿孔の疑いを否定はできないものの急性膵炎との心証が強く、結局しばらく開腹手術を見合せて経過観察をすることにした。このようにして右検査当日は経過し、翌二八日午前一〇時過ぎに再度腹部レントゲン(乙第九号証)が撮られたところ、今度は横隔膜下にはつきりとフリーエアーが発見されたので、外科の辻教授の診断を求め、同教授による試験穿刺の結果膿が採取されたこともあつて開腹することが決定され、同教授らの執刀で同日午後一時五〇分から手術開始された。その結果、本件穿孔が発見された。なお辻教授は、穿孔及び急性膵炎の各可能性を考えて手術を開始したものである。

(3) 他方、友岡医師らは、膵炎の診断上重要な血清アミラーゼ検査につき、本来温研病院内科の方針としてERCP検査の二時間後にこれを実施することになつていたが、亡正に急性膵炎を疑いながら、ERCP検査当日は結局このアミラーゼ検査を全く実施しなかつた。穿孔性腹膜炎の対応処置として重要な胃内容物の排除を行うためのレビン管のそう入も、亡正が第二回目の帰院後三時間してやつと実施されていた。また、第二回帰院時には、温研病院としては亡正を大分市内の織部病院に転医、入院させる方針で、同人を転医のため搬出しようとしたが、途中同人に重篤な症状が出たため中止し、やつと温研病院に入院させる処置をとるに至つた。

以上が認められ、右認定を左右する証拠はない。なお、前掲各証拠中には、急性膵炎の発症の可能性を疑いうる事実が存しなくはないが、前掲乙第二四号証の一の記載、前掲証人辻(第二回)の反対尋問における供述内容等に照らし、これを積極的に肯認するに足りないものと考える。

右の各事実によれば、もともと急性後腹膜炎の診断は簡単につくものではなく困難を伴うものであるし、急性膵炎との識別も可能ではあるが、そう容易ではなく、温研病院の医師団も本件ERCP検査後開腹手術開始までの約二四時間のうち、亡正が離院した約三時間三〇分を除くその余の時間のすべてを、亡正の診察、診断に費しえたし、多くの医師らの英知を集約しながら、第二回目の帰院後からしても一七、八時間経過して、しかもフリーエアーのX線検査所見をえて初めて開腹に踏み切つていることや、それでもなお開腹手術時、術者は急性膵炎の可能性を捨てきれず、双方の疑いをもつて開腹を行つたということが認められるうえ、第一回帰院後の友岡医師や被告阿南らの診療も、鎮痛剤や抗膵炎剤及び補液の点滴に止まり、事態に対する重大な認識を全くもつておらず、また転医の問題とも併せ考えると、同医師らに十分な経過観察をしようとする姿勢を発見することができない。これらによれば、本件で要求される適切な医療処置である開腹手術が、亡正の問題行動の存在によつてその時機を失なわしめたこととなるのかは極めて疑問である。敍上の事実に照らせば、仮りに、亡正の前記のように二度にわたる離院が存しなかつたとしても、適切な診断がなされ、早急に開腹手術が実施された可能性は極めて低かつたものと推認するほかはない。

したがつて、亡正が問題行動をとらず終始医師らの指示に従つていても、急性腹膜炎が限局化され、汎発性化するのを回避できたとは考えられず、開腹手術による予後の問題はさておいても、亡正の問題行動による医療の欠如が、本件における急性腹膜炎の通常の因果経過と異る経過をたどることになり重篤化をもたらした旨の被告らの主張は相当とは思えないし、亡正の問題行動をもつて本件穿孔と死亡との因果関係を否定する要因とはならないものと考える。

3  次に急性腎不全の問題について検討する。

(一) 本件において、ERCP検査後ではあるが、その具体的発症時期はさておいて、亡正に急性腎不全が発症し、これが同人の死亡の一要因となつたことについては敍上のところから明らかであるし、当事者にも争いはない。

(二) <証拠>によれば、急性腎不全について次の事実を認めることができる。

(1) 急性腎不全とは、腎機能の急激な喪失によつて生体の恒定性が維持できなくなつた状態をいうもので、その臨床的な分類としては、腎前性、腎性(腎実質性)及び腎後性に大別される。腎前性は、腎自体は正常であるが腎以外に原因があるもので、原因として腎血流量の低下が起つて尿の生成不十分の状態や、異化作用の亢進などにより、腎の排泄機能とのバランスがとれなくなるもので、心原性ショック(循環不全)、脱水、腹膜炎等の感染症などに際してみられることが最も多く、これが遷延すると腎性のそれに進展する。腎性急性腎不全は、腎それ自体の障害によつて生ずるもので、中(腎)毒性のそれと虚血性のそれとに分類され、後者の原因としては、術後急性腎不全の多くのもの、出血性、外傷、心原性ショック等の遷延したもの、エドキシンショックなどがあげられる。

(2) 具体的に発症した急性腎不全の原因については、比較的明確に判明するものもあるが、大部分は一つの決め手となるような原因を指摘できない場合が多く、このことは、腎に対してさほど障害を与えないような些細なものでも、条件によつては急性腎不全を発症させる原因となることを意味する。従つて、その正確な原因をつかむことは難かしく、多くはいくつかの原因が輻そうして生ずるものと考えられている。その発症の条件ないしは準備状態として重要なのは、脱水及び感染症であるとされる。

(3) 急性腎不全は、無尿(一日尿量一〇〇ミリリットル以下)や乏尿(同一〇〇ないし四〇〇ミリリットル)によつて気付かれることが多く、臨床症状として、頭痛、嘔気、貧血、浮腫、心不全等を生じ、やがて意識障害より昏睡に陥り死亡するに至る。検査等所見として重要なのは、尿量、尿所見、血清化学値の変動であり、尿検として、尿量、比重、尿素窒素、クレアチニンの排泄量及び滲透圧に表われる。一日の尿量が六〇〇ミリリットル以下であれば、一応腎機能の障害を疑つてよい。血清生化学検査所見としては尿素窒素値(BUN)、クレアチニン値が重要で連日その動きを追う必要がある。BUNについては外傷ないし術後の急性腎不全では特に急速に上昇するもので、一日に一デシリットル当り二五ないし四〇ミリグラムも上昇する(正常値二〇)。術前で二五以上の場合には、かなりの腎機能障害があるか、体内での異常組織崩壊が起きている可能性が強い。六〇ないし八〇を超えると急性腎不全を疑つてよい。クレアチニン値(正常値一・五以下)が七ないし八前後となれば、まず急性腎不全と考えてよい。BUN対クレアチニン値の比は正常人ではほぼ一〇に止まるが、急性腎不全では一五ないし二〇にも達する。なお、乏尿の原因が単なる脱水のみであれば、血液のヘマトクリット値及び尿比重の上昇がみられる。治療方法としては、保存的なそれと人工透析による方法がある。

(4) 手術侵襲を原因として生ずるものを「術後急性腎不全」といい、すべての術後患者に発症する可能性がある。特に、消化管出血、腹膜炎等消化管の術後に多発するし、感染症を伴つた症例の術後も発症頻度が高いとされる。従つて、術後には急性腎不全が発症する可能性が高いものとの認識で術前準備をし、あるいは術後管理をすべきであるとされる。ことに、老令者の場合は年令増加に平行して腎機能低下をみ、かかる患者の術後の腎機能低下は著しいものがあり、それに応じた術前準備や方針を立てるべきだとされる。その発症原因としては、明確ではないけれども、術中の不感蒸泄を含めた脱水、輸血による腎への負荷、腎毒性薬剤の投与及び体中ホルモンの変化等による尿量の減少等が指摘される。

(5) 急性腎不全の合併症として最も注意すべきは感染症であり、その七〇パーセント以上が感染症ともいわれる。人工透析普及後は尿毒症による死亡が減少したため、急性腎不全による死亡は、腎不全の原疾患に左右されることが多く、そのうちの大部分が感染症によるものといわれている。感染症が合併しやすい原因は、第一に、急性腎不全の原因として外傷や手術が多いということ、すなわちすでに感染を生じてるか、生じやすい状況にあること、第二は、腎不全による感染抵抗力の低下があつて感染しやすくなり、創傷治癒能力も低下すること、第三に、治療手技自体に感染源をもたらす方法が多いこと等があげられる。

(6) 急性腎不全の死亡率は、人工透析によつて低下したものの、なお五〇パーセント前後に達する。術後急性腎不全についてみると四〇ないし七〇パーセント(人工透析普及後は三〇パーセント余りとする報告例もある。)、そのうち消化管系の術後のそれは約五〇パーセント前後(人工透析普及後三八パーセントとする報告例もある)に達するといわれる。

以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はなく、右事実によれば、急性腎不全の発症原因は多様にわたり、また術後腎不全の発症頻度も高く、合併症としての感染症との結び付きも強いことや、その予後はかなり悪く、原疾患の如何によつて死亡の危険性も高いことが認められる。

(三) そこで、本件の亡正の急性腎不全について検討する。

(1) 先ず検査所見についてみるに、<証拠>によれば、亡正の術前の一般血液検査について、人間ドック検査時(四月九日)、亡正の第一回帰院時(同月二七日午後二時ころ)及び手術日(同月二八日午前六時)の各採血分の結果をみると、順次、白血球が六七〇〇、七九〇〇、一万二三〇〇と、赤血球が四九四万、五二九万、五九二万と、ヘマトクリットが四五・一、四六・八、五三・五といずれも増加していること、血清化学的検査は、急性腎不全を疑われながらも、術中、術後の検査データはなく、前記人間ドック時及び四月二八日午前六時採血分について検査がなされていて、その結果は、順次、尿素窒素値(BUN)が一六・六と二九・九、血清クレアチニン値が一・六と二・二、従つて尿素窒素値のクレアチニン値に対する比が約一・〇四と一三・六と増加がみられること、尿量は、四月二八日一三〇〇ミリグラム(以下単位同じ)、同月二九日五〇〇、三〇日六八〇(但し、同日午後六時以降人工透析開始)、五月一日一五〇〇、五月二日一一七〇、五月三日一五〇〇、五月四日六四五、五月五日以後は乏尿域の一八〇ないし三六七と著しい低下を示していること、尿比重は四月二八日の二〇を除くと翌日以降概ね一四ないし一六の間を上下していることが認められ、前記(二)、(3)に認定の事実及び前掲辻証言に照らし、右検査所見や尿量から亡正の症状をみると、尿量については術前日のそれにことさら異常はなく、術後は一日目に著しく減少したものの、その後は人工透析による効果とみられるが、一時かなり回復し、六日目以降再び急激な減少をみて乏尿状態が続いたこと、BUN値は術前に正常値を僅かだが超えており、一応腎機能障害か体内の異常な組織崩壊を疑うべき状態にあるが、急性腎不全とするまでには至らない値であり、またクレアチニン値も正常値を僅かに超える程度に過ぎないこと、ヘマトクリット値や尿比重等の値からすると、術前循環血液の若干の濃縮が予測されること等が推認される。

(2) 本件腎不全の発症経緯については、急性腎不全発症の危険があり、また現に発症したにも拘らず、術中、術後の血清化学的検査が実施されていないため、明確なデータが存しないこともあつて、その発症時期や経緯を判断することは難しい。前掲証人辻(第二回)によれば、体内に細菌が侵入したり化学的刺戟が生ずると、血管壁の透過性が高まり、水分が血管外にあふれ(滲出)、血液中の水分を奪われるので、血液はその不足分を細胞外液から補充するということになり、体中の水分が炎症巣に向つて流れ込み、そこに炎症性浮腫を起し、脱水状態を惹起することが認められ、従つて、炎症の拡大は脱水状態をもたらす原因ともなること、本件においては、亡正に術前すでに後腹膜炎の拡大、汎発性化がみられたことや前項の各データに徴しても、術前に若干の脱水状態が生じていたことは推認するに難くないし、勿論感染症も存したので、亡正には急性腎不全発症の最も重要な二条件が存在したことになるから、術前すでに急性腎不全の発症の準備状態にあったことも考えられなくはない。

しかしながら、本件ERCP検査以前の段階での発症までは考えられないことはもとよりであるから、術前といつても僅か二四時間程度の間のことであつて、この間の脱水や感染のみによつては、腎機能障害の傾向がそれにより出現したとはいえても、急性腎不全の発症までも存したと断定することはできないものと考える。ことに、その直後、急性腎不全の発症の危険性が最も強く存するとされる消化管系手術が行われていること、すなわち、本件には術後急性腎不全である可能性もかなり強く存在するのである。このことは、前掲甲第五号証の診断書に経過診断名として術後急性腎不全と明記されているし、辻教授も本件急性腎不全の原因を手術そのものと考えていたことからも明らかである。むしろ、右手術の存在や、術後一日目と二日目に尿量がかなり減少し、二日目夜からの人工透析によつてこれが回復をみていること等に照らして考えると、術後の急性腎不全発症の可能性の方が高いものと推認され、これに反する証人辻(第二回)の供述は措信しない。そうして前項(二)の(2)に認定のように、本来具体的に発症した急性腎不全の多くのものは、その発症原因を特定したり判然と断定できるものではなく、これら多くは複数の原因が輻そう、複合して生じるものとされており、本件においても、敍上のように、感染症(後腹膜炎)、脱水、手術、腎毒性薬物投与等、急性腎不全の原因となるものが多く存在するのである。従つて、本件における急性腎不全もその直接的原因は不明であつて、諸原因の輻そう、複合による可能性が強いというほかはないし、それ故に発症時期についても、せいぜい術後でありかつ亡正のために人工透析が開始された四月三〇日以前であるとまではいえても、それ以上に明らかにすることは難しい。

(四) 以上に照らして、急性腎不全に関して本件因果関係を考えてみるに、前述のように被告らは、亡正の本件急性腎不全の発症が、同人の死に至る中核的要因で、その発症は、同人の自由勝手な行動及び同人の個有の体質的要素の存在によつてもたらされたもので、本件因果経過は右行動等及びこれらにより発症した急性腎不全を抜きにしては考えられないとして、本件穿孔と死亡との因果関係を否定するのである。

しかし、前述のとおり、亡正の問題行動が、急性後腹膜炎の拡大、汎発性化を促進する方向で何らかの寄与をしたであろうことは否定できないが、本来急性腹膜炎が汎発性化する危険性は高く、これを限局化するための医療処置も、本件の場合必ずしも適切にとりえたものとはいえず、亡正の問題行動があつても、本件の穿孔、急性後腹膜炎及びその拡大、汎発性化という因果関係を否定しえないことは前述したとおりである。他方、亡正がERCP検査当時肥満体質であり、腎機能に若干の低下が存したことは、<証拠>により肯認できるが、これらの事実は、各術者を含めて温研病院の医師らは、すべて検査結果として知つていたものであるし、腎機能については、前判示のとおり、老令化と平行して低下するものであるうえ、亡正の腎機能の低下も僅かなものに過ぎなかつたことからすれば、患者を取巻く諸状況やその負因等を知つていれば、それらを所与のものとして治療、診断に従事すべき医療の立場からして、亡正の右固有の体質的要因をもつて、本件の因果関係を否定する要素となりえないことはもとよりのこと、損害の発生、拡大に寄与したものと評価することも相当でないと考える。

加えて、被告らの立論は、亡正の急性腎不全発症の原因を脱水にのみ求めるかのようであるが、そのように断定し難いことは前項に判示したところから明らかである。前述のとおり、感染により発生した炎症が血液中の水分を奪い脱水を惹起すること、脱水は感染症や手術侵襲等と相まつて急性腎不全を発症させる重要な要因ないし条件となるもので、本件においても脱水を生じたものと認めうるところ、脱水が本件急性腎不全発症の条件となつたものとは推測しうるけれども、それのみが発症の原因とは断じえないし、亡正の問題行動があつたにせよ、本件脱水は急性後腹膜炎(感染症)及びその拡大によつて生じているのであり、右拡大を亡正の問題行動にのみ帰因せしめえないことについては重ねて判示するところである。従つて、亡正の問題行動及び脱水という事実をもつて、本件穿孔から急性腎不全の発症に至る因果経過の中核的要素とするには当らないと考える(なお付言するに、<証拠>によれば、縫合不全の発症原因についても諸原因が存し、本件においては、縫合不全を生じやすい部位に穿孔が生じたこと自体のため、あるいは急性腎不全の発症、感染症の増悪等が原因として考えうることが認められるが、本件の縫合不全がそのいずれによつて生じたかは判然と認定できないし、本件の因果関係に直接影響を及ぼすものとは考えられないので、右の付言に止める)。

三以上述べたところに照らすと、亡正に生じた本件十二指腸穿孔と亡正の死亡との間に、相当因果関係を認めることができる。

被告らは、前述のように、亡正の問題行動の介在をもつて本件の因果関係否定の一要素とするが、他面からみると、亡正に対するERCP検査後の被告阿南及び友岡医師の絶飲食、安静保持の指示の程度や第二回離院時の対応(入院処置をとらなかつたこと)など、敍上判示するところに照らすと、右医師ら自身においても、本来十二指腸穿孔発生の可能性や穿孔が生じていれば腹膜炎の発症そしてその拡大化を予見できたのに、これを十分認識、予見せず、簡単に右の指示をなした(ことに、友岡医師の絶飲食の指示はERCP検査時の麻酔の影響による誤飲を虞れての指示であつた。)のみであり、真しに穿孔や腹膜炎等の発症の危険を想定して指示、注意をしたものではなかつたと考えられ、それ故にこそ亡正が右問題行動をとつたものと推認することが可能である。亡正の問題行動も医療行為に対する非協力として問題とするに値するけれども、右医師らにおいても、口渇感の強い被検者に対して何らの対処もせず数時間放置していれば、予後の危険性を十分に告知しない限り飲食をしたり、また単に健康診断に来たとの認識しかない被検者であるから、即入院の指示等を明確にしない限り、離院したり、腹痛が治まれば帰宅をしたりするであろうことは十分予測しうることであるから、被告阿南らにおいても、亡正が本件のような問題行動に出るであろうことは十分予見しえたものと考えられる。従つて、このように被告阿南らにおいて予見しえた亡正の問題行動に対して、これが回避措置をとりえたのにこれを行わなかつた以上、右の観点からしても、右問題行動の介在をもつて本件穿孔と死の結果との間の相当因果関係を否定できないものと考える。

第四責任原因について

一被告阿南の責任について

前記第二の三及び五に判示のとおり、従来から胃や十二指腸の内視鏡的検査において、消化管壁に穿孔等の損傷が生じた症例報告は多数存し、かかる損傷発生の危険性が存在することについては一般に知られていたことである。十二指腸ファイバースコープの先端部は硬質のものでできており、腸内壁に接触すれば損傷を生じさせる危険があるし、また本件に用いられた内視鏡は側視鏡タイプのもので、視野も近視的であり、軸部に弾性があるので、僅かな操作の誤りによつて思わぬ個所までその先端が移動することも起きる。また膵、胆管の選択的造影を反覆する際には、十二指腸の解剖学的構造から下十二指腸角付近の腸管壁を擦りやすく、あるいは過伸展させやすく、これらが反覆されると腸管壁を損傷する可能性が高くなる。ことに、検査中スコープのアングル操作等によつて腸管壁を過伸展させた状況にあるとき、強い蠕動運動の亢進を生じたり、嘔吐反射が発生すると、先端部が移動したり視野が確保できなくなつて操作に支障をもたらしたり、腸管壁の接触を強め、あるいは強直性の急激な収縮によつて、過伸展されて薄くなつた腸管壁と瞬時に強く接触して損傷をもたらす危険性が一層高まることになる。ことに老令者は一般に腸管壁が薄いとされるため右危険性も高い。

したがつて、ERCP検査の術者としては、冷静に検査に臨み、基本技法に忠実に従つて行ない、かつスコープのそう入状況、ことに先端部の位置に十分注意し、その操作も精緻にかつ機敏に行ない、出来る限り先端部の腸管壁への接触を避け、他方蠕動運動に留意し、これが生じれば嘔吐反射も起ることがあることを十分予測し、強い蠕動運動や嘔吐反射が生じれば、一層留意し、時には検査をすみやかに中止するなどして、スコープの慎重な操作をし、もつてスコープによる腸管壁の損傷等の危険を回避すべき注意義務が存するというべきである。

しかるに、同被告本人尋問の結果及び前掲証人織部の証言によれば、被告阿南は、敍上のERCP検査の危険性や危険発生の機序等を十分認識し、また認識しえたことが認められるにも拘らず、同被告は、本件検査において、これを突如依頼されたことや、しかも目的とする胆管そう入が容易にできず何度も反覆し、最後は被検者共々疲労して中止したという経過に照らし、必ずしも慎重、冷静な心身の状態になくして検査を実施したものとみられ、スコープの操作に慎重を欠いたものだと推測されるところ、そのような状態で、胆管そう入を一〇回も試み、その都度スコープ先端で、老令で薄いとみられる亡正の十二指腸管壁を擦り、過伸展させ、また強い蠕動運動の亢進が反覆して生じ、嘔吐反射も生じながら、なお検査を続行するなど、前記結果回避義務に違反してスコープの慎重な操作を怠つた結果、本件穿孔を生じさせ、これによつて亡正を死亡せしめるに至つたものである。

したがつて、被告阿南には、民法七〇九条に基く不法行為責任が存することになる。

二被告国の責任について

被告国が被告阿南の使用者であることは当事者間に争いがなく、敍上に照らすと、本件ERCP検査の施行が被告の医療事業の執行としてなされたことが認められ、かつ亡正に生じた本件穿孔が、右ERCP検査の実施中、被告阿南の過失によつて惹起されたことも前認定のとおりであるから、被告国は、民法七一五条一項により被告阿南が原告らに加えた損害を賠償する義務がある。

三被告門田徹の責任について

同被告が温研病院々長で、同病院の管理者であつたことは当事者間に争いがないところ、病院の管理者は、病院に勤務する医師をも監督し、その業務遂行に欠けることのないよう必要な注意をすべき監督義務がある(医療法一五条一項参照)から、同被告も、使用者である被告国にかわつて医療事業を監督する者として、民法七一五条二項により、被告阿南が原告らに加えた損害を賠償する義務がある。

第五損害について

一部外医師招請費用について

<証拠>によれば、原告は、亡正の入院中、東京大学医学部講師古川俊隆医師を七回、東京女子医科大学教授太田和夫医師を一回招請して、亡正の診療を行つて貰つたこと、そのため、古川医師に金四二万九二四〇円、太田医師に金五万六三二〇円を、いずれも交通費及び宿泊費として出捐したこと、太田医師の招請は、温研病院が亡正に対し人工透析術を施行するに際して、大分市内の開業医工藤医師の援助を受けた際、同医師から人工透析の専門家である太田医師の助言を受けることが有益である旨の申出があり、温研病院側の同意を得たうえでなされたものであること、古川医師の招請は、同医師が救急外科治療の専門家であり、長野家と懇意の関係にあつたことから、原告長野静の要望で温研病院側の同意を得てなされたものであること、古川医師は、亡正の病状について診断、助言したのみならず、昭和五四年五月二五日、辻、川口両医師と共に、亡正に対し後腹膜膿瘍ドレナージ手術を行つていることが認められ、右認定に反する証拠はない。そうして、亡正は、前記認定のとおり、開腹手術後、急性腎不全が顕在化し、病状悪化がすすむにつれて、その病態は複雑で、治療がきわめて困難な状態となり、そのため太田医師については亡正に人工透析を実施するにあたつて、古川医師についても亡正に対するドレナージ手術の施行にあたつて、いずれも温研病院側の同意を得たうえ招請していることに照らすと、太田、古川両医師の招請をもつて過剰ないしは重複診療ということはできず、また右両医師の亡正の治療にあたつて関与した右経緯、程度にかんがみると、その招請回数も亡正の医療行為として相当な範囲にあるというべきである。

そうすると右両医師の招請について、その交通、宿泊費として合計金四八万五五六〇円の出捐がなされたことは前判示のとおりであるから、仮に温研病院側において右両医師に対し別途謝礼を支払つた事実を考慮しても、亡正には右同額の積極損害を生じているというべきである。

二付添費等について

<証拠>によると、付添人として徳島ハツ(昭和五四年四月二九日から同年五月六日まで)、木本サヨ子(同月七日から同月一六日まで)、緒方由輝(同月七日から同月一〇日まで)、黒木キク(同月一一日から同年六月一六日まで)、植木喜久子(同年五月一六日から同年六月一六日まで)及び勝尾定子(同年五月一七日から同年六月一六日まで)を延日数にして一二二日間雇傭し、付添費として合計金八〇万一八六〇円(一日一人当り平均約六五七三円)、謝礼として合計金一七万三五四〇円を出捐したことが認められるところ、前記認定のとおり、亡正の重篤な病状に照らすと、付添看護が必要であつたと認めるのが相当である。ただ、<証拠>によると、温研病院は厚生省の基準看護でいう一般特二類施設(いわゆる完全看護)として承認されていたものであり、しかも亡正の看護について同病院側は特別な看護体制をとり、同年五月一〇日から内科医師と看護婦を常駐させ、更に同月一七日からは三名の医師と三名の看護婦による八時間交替の二四時間看護にあたつてきたことが認められ、また、亡正は、同月一三日腹壁開腹創の全開を来たして生死を危まれる極めて重篤な状態となつたこと等を考慮すると、職業的付添人については、亡正の術後一日目から同月一二日までの間は一人を、一三日から死亡日までの三五日間は二人をもつて相当と考えられ、その延日数は八四日となる。また、弁論の全趣旨によると、右期間中亡正の家族らが交替で付添つたことが認められるが、職業的付添人を常時雇い入れている以上、家族らのそれは近親者の情愛の発露によるものとして、その付添費の相当性は否定すべきものと考える。また付添人に対する謝礼金についても相当性がないものと考える。

以上によれば、付添費としては、前記のとおり職業的付添人一人又は二人をもつて本件と相当な因果関係のある損害と解すべきところ、右出損にかかる付添費の一人一日当りの前記平均金額に要付添の延日数八四日間を乗じて得られる金五五万二一三二円をもつて損害額と認める。

三逸失利益について

亡正が原告会社、株式会社大分合同サービス社、株式会社大分合同案内広告社の各代表取締役、株式会社大分開発の取締役であつたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によると、亡正は、昭和五三年度に、原告会社から給与、賞与として金五九三〇万円、大分合同サービス社から同様に金七八〇万円、大分合同案内広告社から投員賞与として金二一〇万円、大分開発から役員報酬として金六〇万円の各支払いを受けていたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右によれば亡正は年間合計金六九八〇万円の収入を得ていたことになる。

他方、<証拠>によれば、亡正は(明治四五年三月三一日生)、昭和一二年四月、実父の創設にかかる原告会社の前身の豊州新報社に入社し、昭和一七年四月同社取締役に、昭和二八年一月満四〇才で代表取締役社長に就任し、以来本件事故によつて死亡するまで二六年余にわたつてその任にあつたもので、原告会社の総出資口数一〇万口のうち八万七六二〇口を保有している(その余の口数も原告健ら一族で保有するもので、原告会社は亡正の同族会社である。)のみならず、定款上原告会社社主の地位にあつて、自己の相続人の一人から次期社主を指名する権限をも有していること、前記大分合同サービス社及び大分合同案内広告社は、いずれも原告会社系列の子会社であり、亡正の実権が及んでいた会社であつたこと、亡正には長男健(昭和一七年二月八日生)及び次男厚(昭和一九年八月八日生)の男性の実子二名があり、亡正死亡後原告会社の代表取締役社長に健氏が、専務取締役に厚氏が各就任し、その中核となつて原告会社の事業を承継し、充分その任を全うして同社を維持発展させていること、原告会社の社主も右のいずれかに承継されていること、原告会社は、その発行する日刊新聞は大分県の地方紙として最大部数を誇るほか、数多くの事業を行つており、その社長としての立場は決して閑職とはいえず、むしろ多忙な激務であること、亡正は、死亡当時満六七歳と二ケ月であつたことが認められ、また同年令の男性の平均余命年数が一二・五年(昭和五一年度簡易生命表)であつたことは当事者間に争いがない。

右の各事業に照らすと、亡正が右平均余命を生きたとして、終生原告会社の社主、代表取締役社長の地位にあつたものとは考えられず、亡正自身が満四〇才で右地位に就任したことや、一般に高令者の稼動可能年数が平均余命の半分とされていることにも徴すると、亡正は遅くとも満七三才(長男健が四三才)に達す時点では、右地位を実子の健又は厚に譲渡するものとみるのが相当である。もつとも、亡正は、原告会社社員の構成や亡正の同族会社であることや、それまで有していた権限、地位からして、原告会社の何らかの役員の地位は終生保持しえたものと考える。そうすると、亡正は、原告会社の社主兼代表取締役社長として六年間、同取締役等役員として平均余命相当の一二年間は右地位にあつたものと認める。以上のことは、原告会社以外の他の三社についても該当するものと考える。

そうすると、亡正は短くても六年間は前記年収を得ていたものと認めうるが、その余の平均余命年間に相当する六年間は、その収入が半減するものと認めるのが相当であり、生活費控除を三割相当とみ、新ホフマン係数により中間利息を控除すると、その逸失利益は次の算式により金三億五〇五三万八七四一円となる。

六九八〇万円+二×〇・七(五・一三三六+九・二一五一)=三億五〇五三万八七四一円

なお、被告らは、亡正の肥満等生命身体固有の因子をもつて、同人の平均余命年数ひいては就労可能年数の短期を主張し、前記のとおり、右主張にそう体質的負因を認めうるものの、他方、亡正は、本件事故に遭遇するまで原告会社代表取締役社長をはじめ、社会的事業等の要職に就き、かつその職責を十分果していたし、また原告長野厚本人尋問の結果によると、日常生活は支障なく営み、登山、海外旅行等活動的であつたことに照らすと、被告らの主張は相当と思われない。また、被告は、逸失利益について税金相当分の控除を主張するが、右主張は当裁判所は採用しない。

四慰藉料について

本件事故の態様、亡正の年令、社会的地位、職業、資産収入の程度、家族関係等前示認定の各事実にその他本件にあらわれた一切の事情を斟酌すると、金一八〇〇万円が相当である。

五遺族の葬儀費用について

<証拠>によると、亡正の死亡により喪主原告長野健は通夜及び内葬費用として合計金三八九万一〇〇〇円を出捐したことが認められるが、そのうち本件事故と相当因果関係のある葬儀関係費用は、金二〇〇万円をもつて相当とし、原告長野健は右同額の積極損害をこうむつたものと認める。

六過失相殺について

亡正が、ERCP検査後、温研病院の医師らの絶飲食や安静保持の指示に反して飲物を摂取し、あるいは自由に温研病院を離院して問題の行動をとつたことは前判示のとおりである。そうして、右行動が穿孔によつて亡正に生じた後腹膜炎の拡大に影響を与えたこと、また、このことが温研病院の亡正に対する万全の加療行為に対し何らかの障害となつたこと、ひいては亡正の死亡という結果の発生に寄与したことは否めないところである。患者は診療等を委ねた医師を信頼し、その指示等に従うべきことはもとよりのことであり、亡正の問題行動には、患者として医療に対する協力を怠り、順守すべき診療上の義務に背反する不注意な所為を包含するものと認められる。以上に照らせば、亡正の問題行動は、被害者としての亡正に生じた損害賠償額の認定にあたり、公平の観念から過失相殺における過失として斟酌すべきものと解する。そうして、本件について亡正の右行動による不注意を二割とみてその損害額の算出にあたり過失相殺するのが相当と認める。

なお、被告らは、亡正の身体的負因(賢機能の低下、肥満)をも過失相殺の対象ないし損害の減額事由として主張するところであるが、過失相殺をなすべき場合は、原則として、何らかの意味で被害者に落度等非難されるべき点が存することが必要であり、単に損害の発生、拡大に寄与する素因を有していること自体をもつて、過失相殺の対象とすることはできない。まして本件においては、亡正がこのような負因や身体的資質を有していたことは、被告阿南ら医療側も予め知つていた事柄であつたし、それを所与のものとして診療等の行為をしたものであるから、右負因をもつて亡正の過失ないし賠償額の減額事由とするのは失当というべきである。被告らの右主張も採用できない。

七以上の一ないし五の損害額を前項の割合による過失相殺をし、その相続分(弁論の全趣旨によると、原告長野静が亡正の配偶者、同瓜生幹子、同都甲峰子、同長野健及び同長野厚がいずれも亡正の実子であることが認められるから、それらの相続分は、原告長野静につき三分の一、遺族であるその余の原告らにつき各六分の一となる。)に従つて亡正の損害額を配分すると、原告長野静は金九八五五万三七一五円、同長野健は金五〇八七万六八五七円、その余の原告らは各金四九二七万六八五七円となる。

八社葬費について

<証拠>によれば、原告会社は、亡正の会社葬を営み、その費用として少くとも金六七六万〇三三〇円の出捐をしていることが認められるが、本来、不法行為による死亡者のための葬儀関係費用は、社会通念に照らして相当な範囲の額を、これを負担した遺族に限り、その損害として賠償請求しうるものと解されるのであり、社葬については、いまだ一般社会の慣行とは認めえず、会社業務に従事中の不慮の事故による死亡等特段の事由があれば格別として、単に会社の中心的存在であるとか功労者であることのみをもつてして、遺族の葬儀費とは別途に、しかも独立して加害者に賠償を請求しうべきものとは考えられない。むしろ、社葬は、会社が自らの負担において、生前会社に対して貢献著しい社員等につき、その功労に報い、その弔意を表わすために行うもので、道義、礼節の範ちゆうに属するものとするのが相当である。従つて、原告会社の本件請求は認められない。

九弁護士費用について

原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任していることは弁論の全趣旨により明らかであり、本件訴訟の難易、認容額等一切の事情を総合すると、被告らの不法行為と相当因果関係に立つ損害としての弁護士費用は、いずれも原告ら主張にかかる原告長野静につき金六〇〇万円、同瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚につきそれぞれ金二〇〇万円、同長野健につき金二五〇万円を下らないものと認められるから、右各金額をもつて相当と認める。

十結論

以上の事実によれば、本訴請求は、不法行為に基づく損害賠償請求金のうち原告長野静に対し金一億〇四五五万三七一五円、原告長野健につき金五三三七万六八五七円、原告瓜生幹子、同都甲峰子及び同長野厚につき各金五一二七万六八五七円及びこれらに対する訴状送達の翌日である昭和五四年九月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、同原告らその余の請求及び原告会社の請求は失当であるからこれらを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を適用し、仮執行宣言の申立については相当でないからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官川本 隆 裁判官小久保孝雄 裁判官山下郁夫は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官川本 隆)

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